「生活費を下げる政治」は反ファシズム
この転換は、単なる福祉政策ではない。それは、反ファシズムの政治でもある。
『人新世の「黙示録」』(集英社シリーズ・コモン)でも論じたように、インフレや戦争がもたらす恒久的な欠乏のなかでは、人々は不安に駆られ、他者を敵とみなしやすくなる。移民が仕事を奪っている。生活保護受給者が税金を食いつぶしている。環境規制が経済を壊している。こうした物語は、実際には資本とレントの独占が生み出した不安を、弱い立場の人々へと向け変える。これが現代のファシズムによる煽動の基本的な手口である。
それに対して、家賃を下げ、保育を無償化し、交通を安くし、食料へのアクセスを保障することは、人々の不安を直接減らす。誰かを排除することで自分だけが助かろうとするのではなく、みんなで生き延びる条件をつくる。これは、ファシズムが利用する恐怖の循環を、逆回転させる政治である。
ここで重要なのは、マムダニの勝利が、ひとりのカリスマの登場によるものではないということだ。選挙戦では10万人規模のボランティアが戸別訪問を行い、街角で対話し、集会を開き、動画を拡散した。つまり、マムダニ市政の力は、市長個人のものではなく、「社会主義」という言葉を日常の言葉へと引き戻した草の根の運動によるものなのだ。
マムダニ市政が日本に示す明らかなこと
この点は、日本から見ても重要である。日本でも、インフレによって、住宅費、食費、教育費、介護費、光熱費は家計を圧迫し続けている。
それにもかかわらず、政治はやるのは「減税」を掲げるくらいだ。多少手取りは増やすから、あとは「自己責任」でやってくれと言わんばかりである。
だが、本当に問うべきなのは、なぜ普通に働いている人が普通に暮らせないのか、である。なぜ生活の基盤がこれほどまでに商品化され、民営化され、投機の対象にされているのか、ということなのである。
マムダニの政策は、まだ途上にある。家賃凍結がどこまで実現するかも、無料バスがどの範囲で制度化されるかも、公営食料品店がどれほど効果を持つかも、現時点では確定していない。むしろ、これからが本当の攻防である。
だが、すでに一つのことは明らかだ。ニューヨークの政治は、「市場の暴力に耐える」政治から、「生活の基盤を共同でつくる」政治へと舵を切り始めているのである。

