なぜ自分は助かったのか、理由はわからない
退院してしばらくしてから友人が相次いで亡くなるという出来事が起こる。
友人の死は、その直後はあまり実感が湧かなかったが、半年ぐらいしてじわじわとこころの中に侵入してきて、しばらく友人のことを考えずにはいられなくなった。
厳しい病状の友人に会いに行くべきか迷ったこともあった。しかし、ある友人の「元気にしている人には会いたくない」という言葉を人づてに知り、会いに行かないことにした。
また、別の友人にも、もし今会いに行けば、なぜ会いに来たのかと疑問に思うだろう。特別な面会者が来たという事実から、死期が近いことを悟らせてしまうことになるだろう。
そして、彼女は迷った末、会いに行かなかった仲間が何人かいる。その選択は正しかったのか、今でも悩む。
彼女にはなんの罪もないわけだし、「元気にしている人には会いたくない」という友人の心情も理解できるものだが、加茂さんが複雑な気持ちになるのも無理がない。
サバイバーズ・ギルトという概念があるが、「友人は亡くなったが、自分は生きている」ことに対して、罪の意識を感じる人は、がんの体験者の中にも多くいる。
同じ治療をしていたのに、自分は今のところ助かっているが、亡くなった友人がいる。なぜ自分は助かったのか、その理由はわからないし、もちろん自分の努力とは関係ないところにそれはある。
嫌なことをやめることから始めてもいい
自分の未来にも決して安心できない。肝未分化胎児性肉腫の治療成績からすると、いつがんが息を吹き返すかわからない。自分の生死も含めて、すべては運で、コントロールすることができない。
ここに来て、病気になる前の未来が見えていた感覚は、まったくなくなった。同じ教室で勉強している予備校生は、未来があることを信じて疑っていないようだったが、自分には未来がまったく見えない。そんな心境のもとに、予備校の窮屈なスペースで勉強を続けることは無理になっていた。
私はこのころの加茂さんに「『must』ではなく、『want』で生きてもいいんだよ。嫌なことをやめることから始めてもいいんだよ」と言った記憶がある。
選択することの結果を引き受けるのは本人なのだから、進む方向をアドバイスすることはおこがましいとは、わきまえているつもりだ。
それでも私が彼女の選択に個人的な意見を持って踏み込んだのは、よっぽど当時の彼女がつらそうに見えたからなのかもしれない。
そして加茂さんは予備校をやめることとなった。「その選択をしたのは、先生がやめていいと言ったからだよ」と言われると、責任を感じるが、そう伝えてよかったと思っている。


