旧宮家の人たちの本音

さまざまな思惑が交錯する今回の皇室典範改正だが、旧宮家の男系男子を養子に迎えるというのは現実的なのだろうか。

日本国憲法施行の半年後の1947年10月に皇籍離脱した旧11宮家の人たちは、どう考えているのだろうか。

文春(6月4日号)は、旧宮家の人たちにインタビューしている。

「関東近郊の閑静な住宅街。その一角に、東久邇家の親族の男性が住む家がある。この人物の孫は、いわゆる旧宮家の『未婚の男系男子』の一人である。

5月の週末の昼下がり、家を訪れると、親族男性は取材に応じ、こう語った。

『孫が皇室に、「養子に来てくれ」と言われる可能性はないでしょ』

旧宮家の養子案に関するニュースは、新聞やテレビでよく見ているという。だが、『夢のまた夢だよ』と笑いながら言う。(中略)

『なぜ養子の可能性がないのか?』と改めて問うと、親族男性はこう語った。

『ないですよ。この辺の田舎者だから。彼の親だって、普通のサラリーマンなんですから』」(文春)

菊の御紋がついている靖国神社の門
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竹田恒泰氏の考え

天皇家と血縁が深いのが東久邇家である。

「東久邇家は明治天皇、昭和天皇の内親王が二代にわたって降嫁、首相を務めた稔彦王、盛厚王とご結婚された。盛厚王と成子さんの長男・信彦氏、次男で旧華族の壬生家の養子となった壬生基博氏、三男の眞彦氏は、天皇陛下のいとこに当たります」(百地章国士舘大学名誉教授)

しかし、東久邇盛彦氏は2005年、『文藝春秋』で作家の保阪正康氏の取材に、こう考えを述べていた。

「旧宮家から養子をとるといっても、あまり現実的にはイメージができませんね。ただ、そこまでして何を残すのかということをよく考えるべきだとは思います」

旧宮家の中で知名度の高いのは竹田恒泰氏であろう。彼はこういったという。

「皇族男子の究極的な役割はたった1つ。ひたすら存続すること、子孫を作り続けることです。そのために、宮家は血のスペアとして存続してきました」

一方で、世継ぎを産まなければならないという重圧もあるが、養子を迎えることで解決できるという。

「産まなかったら、産まないでOKなんです。養子が無ければ途絶えてしまいかねないですが、身内から養子を迎えることで、天皇のお后に対して、お世継ぎを産まなければならないプレッシャーを分散させることができます。大丈夫ですよ。一族から誰か出せばいいですから」

楽観的だが、竹田氏にも長男がいる。彼を養子に出す可能性もあるのかと問うと、

「制度上は可能ですが、息子はうちの跡取りでもある。私が経営する7つもの会社も、誰かに継いでもらう必要がありますし。子どもを養子に出すのは、誰にとってもハードルは高い」

と腰が引けるのだ。