忖度も手加減もしないAIの恐ろしさ

今回、事件を通報するきっかけを作ったのは、デジタルネイティブ世代の長女でした。親子間の問題の相談相手が、友人でも親戚でもなく「AI」だったことを問題視する声もあります。現状のAIには「ハルシネーション(事実認識を誤ってそれらしい嘘を伝える現象)」という、弱点があります。

長女にとっては、児相への連絡によって一気に話がエスカレートしたことや、本人が全く希望していなかった警察との連携が進み、最終的に父親が逮捕されるという結末に至ったことは、想像を絶する衝撃だったはずです。通報者である彼女自身が現場で泣き崩れたという事実からも、これが想定の範囲を大きく超えた結果であったことは間違いありません。

しかし筆者は、今回のチャットGPTは勝手に暴走して間違った通報先を教えたのではく、AIが備えている「セーフティ機能」によるものでないかと考えます。AIは文脈を文字通り解釈し、むしろDVや児童虐待を疑われる情報に接した場合、コンプライアンス視点から、未成年者への保護や安全管理を優先するアルゴリズムにのっとり、安全を担保できそうな「公的機関(児相)」へとシステマティックにつなげたのではないでしょうか。

人間であれば、慎重になり、その後の社会的影響などを考慮したかもしれないが、AIは良くも悪くもそうした手加減をしません。

画面に表示されたChatGPT、Google Gemini、Anthropic Claudeのアイコン
写真=iStock.com/Kenneth Cheung
※写真はイメージです

「やりすぎ」と言われるくらいの行動が必要

そして、AIの指示通りに通報が行われてしまえば、事態は一気に警察の介入へと進み、もはや誰にも制御できなくなります。

臨時ニュースで報道されるほどの話題となり、巨人軍や親会社である読売新聞が最終的な処分を下す前に、阿部氏自らが事の重大性を察して辞任を決断した流れは、あまりの急展開に驚かされはしたものの、危機管理の観点からは非常に理にかなっていると感じます。

そこまで「巨人軍監督」というブランドの重み、暴力排除という社会の流れの重さを理解し、身を引いた阿部氏の危機意識には、むしろ敬意を表したい気持ちです。

危機管理や謝罪において、世間や相手が「そこまでしなくてもいいのに」「やりすぎ」と感じるくらいの行動を取ることは、将来的な復帰や「次」のチャンスを呼び込む可能性を生みます。今回の阿部氏の場合、一気に辞任にまで行ったことは「やりすぎ」だという声が出ていることからも、選手や監督としての能力評価が高いのであれば、次につながる可能性はあるでしょう。