子どもへの「愛のムチ」はもう許されない

筆者も昭和の子どもだったので、親や教師からもぶん殴られて育てられた経験があります。スポーツ選手であれば、その育成においては理不尽なシゴキや暴力は日常茶飯事ともいわれた時代です。高校の体育に時間で教師が同級生を蹴り飛ばしているシーンを何度も見ています。

親が子を強く叱るのも、時には愛のムチを振るうことも、かつては常識であり普通なこととして受け入れられていました。しかし、今の令和の時代において、その感覚はもう完全に通用しません。

家庭内暴力のイメージ
写真=iStock.com/solidcolours
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さすがに教師が生徒を殴れば一発で大問題になることが明らかとなり、学校での体罰は表から消えました。いまだにこうした時代変化を理解していないごく一部の指導者や、本職の教員以外で、生徒に暴力に及ぶ行為が散見され、時折事件化してはいますが、基本的には「教育現場の暴力=悪」という認識は定着しています。

では家庭における親と子の関係はどうでしょうか。結論から言えば、親であっても同様に暴力は許されません。自分の子どもであっても、いかなる理由による暴力も認められないのです。もちろん、今回の阿部家の件と、社会問題化している凄惨なDV(家庭内暴力)や児童虐待とでは、主旨も意図も違うであろうことは理解しています。

児相の対応は適切な判断だった

しかし、しつけと称して自分の子どもに暴力を振るう親が実際におり、露見して逮捕されたりしています。そのため、今回の件を虐待暴力と一緒にされることに抵抗を感じる人がいるのも理解できますが、時代が変わり、法律や社会規範の上ではその区別はなくなり、一律に「禁止」となったのです。

親であっても子どもに暴力を振るうことは許されません。それがこの事件のように大きな社会的影響力を持つ組織の一員であり、指導的立場にある人間であれば、「家庭内のことだから仕方ない」で済む問題にはならないのです。この今のコンプライアンス感覚が、職場だけでなく家庭においても適用される社会問題となっているという認識を持たなければなりません。

家庭内トラブルの現場において、その場では笑顔で「大丈夫、平気」と主張したところで、それが表面を取り繕うウソであり、その後深刻な事件につながった事例がある以上、通報があれば関係機関は正当業務として動かなければなりません。したがって、警察から捜査を受けるのも当然の帰結です。また通報がなされた以上、その場の判断で家庭の事情を斟酌しんしゃくすることは避けるべきです。児相の「疑わしきはまず保護・警察連携」という対応は、令和のシステムとしては完全に「適切」かつ「標準的」なステップだと思います。