殴られたら殴り返す

――努力は翌年、実る。試合で使ってももらえないままクビになるのは納得がいかないとフロントに直訴に及んだ2年目のシーズンで3割2分を打ち、ウエスタンリーグの打率部門2位になる。

「翌春の球団初のハワイキャンプに2軍からひとりだけ連れていってもらった。このときもカネがないから夜はホテルの庭でバットを振った。するとこの年から1軍のキャッチャーでレギュラーに定着し、翌年には打率は3割を超え、ホームラン30本でホームラン王も取ったんです。努力に即効性はない。コツコツやるしかない。いつの時代にもいる一流選手と自分は何が違うのか。それを考えながらやるしかない。私の場合は、中西太さんの打撃を真似てみて、しっくりこないので、山内一弘さんの真似に切り替えたらしっくりきた。教えてくれないなら見て盗む。一流の人を真似るのはプロの常識。そういう努力の中で、一流選手と自分との違いや、何が大事なのかということに気づいていく。気づくことのできる人は、夢や希望、向上心、自分はこうなりたいという思いを根っこに持っている人です」

――常に上を見ているから気づくことができる。データに基づく綿密な野球を構築した野村さんは、捕手として、監督として他の追随を許さないが、通算2901安打、657本塁打という金字塔を打ち立てたバッターとしての人生も、徹底した研究と気づきの連続だった。

「友人に頼んで稲尾の投球フォームを16ミリカメラで撮影してもらい、その映像をテープがすり切れるくらい見て研究しました。そしてボールの握りから、インコースについては100%わかるようになった。稲尾攻略です。しかし、それに気づいた稲尾も対応してくる。他の投手もグラブでボールを隠すようになるのはこの頃からです」