“いい子である自分”との戦い
5月下旬のインターハイ札幌予選前夜。佐藤さんは真っ暗な部屋で1人、不安でたまらなくなっていた。
「安くない学費と下宿代を払ってまで卓球の強い高校に行かせてもらったので、両親には『行かせてよかった。自慢の息子だ』と思われたくて頑張ってきましたが、一方で、『俺の両親は結果だけで息子の頑張りをはかるような人たちじゃない。結果で頑張りをはかっているのは、他の誰でもない、俺自身だ』と否定する自分もいました」
この日、佐藤さんは高校入学後、初めて実家に電話をかけると、母親が出た。
元気な母親の声を聞いた途端、佐藤さんは思わず、同じように元気な声を出してしまう。
母親は、「元気でやってるかい? ケガしたりしていないかい?」とたずねる。佐藤さんは、捻挫やタナ障害のことを顧問から聞いていないことに安堵する。
佐藤さんは「軽く捻挫しただけで元気だよ!」と答える。
「学校は楽しいかい?」
その問いに、佐藤さんは嘘で返す。
「うん! 部活で充実してるし、友だちもいるよ! でも勉強だけは大変だね。成績見ても驚かないでな」
母親は「良かった」と言って、こう続けた。
「ところで今日は突然電話してきて、珍しいね?」
そこで佐藤さんは、少しだけ本音を出す。
「うん、明日、インターハイの予選でさ、ちょっと緊張しちゃって」
すると母親は言った。
「大会前日は誰でも緊張するもんだよ。大丈夫、頑張ってたら自然と結果がついてくるから」
励ましの言葉だったが、佐藤さんは強い衝撃を受けた、気持ちの動揺を悟られないように電話を切った。
「私は、『結果などどうでもいい』と言ってほしかったんです。そうすれば、不安も焦燥も消えると思ったから。母に悪気がないのはわかっています。私は1人頭の中で、『何で言わないんだ? 頑張っても報われなかったらと思うと毎日恐くて眠れないって』『言えるわけないだろ! 眠れない、友だちがいない、もう嫌だなんて。俺はいい子だから。両親に心配かけたくないから!』と叫んでいました」
佐藤さんは隣の部屋に聞こえないように枕に顔を埋め、大声で泣いた。
彼はなぜ、ここまで自分を追い詰めてしまったのか。そして彼はどのようにして、生活保護の受給に至ったのか――。


