「理三」という目標との出会い

3年のある日、鉄緑会の壁に貼り出された合格実績の中に「理科三類60名」という文字を見つけました。当時の私は「理三」の意味すら知らず、そこで調べて初めて、理三=日本最高峰の東京大学医学部だと認識。元々医療に興味もあったので、「今の順位を維持できれば、可能性があるかも?」と、この時から「東大理三」が具体的な目標として現実味を帯びていきました。

東京大学赤門
写真=iStock.com/ranmaru_
※写真はイメージです

ちなみに、鉄緑会のカリキュラムは学校とは比較にならないほど速く、中3の終わりには数学IIBまでの全範囲が終了するほど。このスピードに食らいつくべく、日々の「タスク化」が始まりました。一方、学校の試験や宿題は復習として活用していました。

クラス落ちの焦りから生まれた「計画術」

高校1年の時点で、1時間単位で「何をすべきか」を決めるスタイルが定着。生徒会活動との両立のためにも、効率の良い勉強を追究していました。

順調だった道のりに挫折が訪れたのは、2年の半ばでした。半年に一度のクラス分け試験で失敗し、物理と化学でクラス落ちしました。3年時のクラスは、年の最後のクラス分け試験で決定します。ここで戻れなければ、理三への道も遠のいてしまう……。そこからの追い上げは、今振り返っても「人生で一番頭を使った」と断言できるほどです。

ただし、頭を使ったのは「問題を解くフェーズ」より、むしろ「どのように勉強するか」の計画でした。

「塾のカリキュラムに従うだけではもうダメだ」と学習計画も見直しました。長期・中期・短期の3段階で作成する「計画力」を発揮し、物理は思い切ってゼロから学び直すことで、理解し損ねていた基礎の論理をつかみ直す方向に舵を切りました。

結果、2年最後の鉄緑会のクラス分けテストでは化学1位、物理も上位を獲得し、無事一番上のクラスに返り咲くことができました。

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