お金を払って処理する時代へ
しかし、そんな栄光あるうんこも、時代とともにその価値を失っていきます。うんこは「売るもの」だったのに、大正時代前後から徐々に「捨てるもの」になっていったのです。東京市では1921年、屎尿の公営処理が始まり、市民はバケツ二つ分の処理に10銭を支払うようになりました。商品だったものが、ゴミへと変わってしまったのです。
その背景には、二つの大きな要因があります。まずは、急激な人口増加。江戸の人口が100万人だったのに対し、大正時代には300万人を突破。うんこの量が農地の需要を超え、処理困難になったのです。そしてもう一つが、化学肥料の登場。ドイツ人の科学者たちによって窒素肥料が開発され、人糞を使わなくても作物が育つ時代がやってきました。
結果、うんこは肥料としての役目を終え、都市では大量のうんこが海へと流されるようになりました。こうして、かつては資源だったうんこが、ただの「邪魔者」として扱われるようになったのです。
レバーを引けば下水道の旅が始まる
私たちは毎日、何気なくトイレのレバーを引いています。音もなく、水とともに消えていくブツ。それを見送ることもなく、振り返ることもなく、次の瞬間には別のことを考えています。これが文明の力というやつでしょう。考えずに済むこと、それ自体が進歩の証だとも言えます。でも、ちょっと待ってください。あのブツは、一体どこへ行くのでしょうか。
『うんちの行方』(神舘和典・西川清史 著、新潮新書)というおもしろい本があります。詳しくはぜひそちらを読んでいただきたいのですが、その本によればうんこは壮大な旅をしているようです。簡単に紹介しましょう。
水洗トイレのレバーをひねると、うんこは「排水管」というトンネルに吸い込まれます。そしてキッチンの流しやお風呂の排水と一緒になって、「汚水」となり、家庭から旅立っていきます。集合住宅やビルでは、あらゆる階層のうんこたちが配管の中で合流し、マンホールの下の「下水道管」へと向かいます。
下水道管の中は、重力を利用してなだらかな傾斜がついており、汚水たちはスムーズに下流へと向かいます。ただし、あまりに傾けすぎるとどんどん深くなってしまうので、途中には「ポンプ場」というエレベーターのような施設があり、地上近くまで持ち上げられ、また落とされます。なんだかうんこも人生のようです。うんこは上がって、下がって、最終的にたどり着くのは「下水処理場」です。
全国の地下に張り巡らされた下水管の総延長は、約48万キロメートル。地球12周できる距離です。これだけのインフラを保守管理するのは並大抵のことではありません。特に、空気に触れないことで硫化水素が発生し、管を腐らせる「デンジャーゾーン」が全国に約4300キロあるといいます。中に入って作業する人たちには頭が下がります。


