チャーチルが示した強い物語
チャーチルは単に「ヒトラーと戦うべきだ」という政策的主張をしているのではありません。彼は「長い歴史をもつ私たちの国が育んできた自由主義の伝統と価値」という表現を用い、イギリスという国家が数世紀にわたり積み上げてきた理念・価値観を持ち出しています。
つまり、いま目の前の利害(小さな平和を妥協で得るか、徹底して戦い抜くか)の問題を超えて、自分たちの歴史的使命とアイデンティティーに立ち返るよう、同僚の議員たちに呼びかけているのです。
ここで強調されているのは、宥和によって一時的に血を流さずに済む道を選んでも、それは「イギリス史」の本流である自由の伝統を自ら投げ捨てることになる、という危機感です。チャーチルは「私たちは歴史の一部であり、その歴史がいまの選択に責任を負わせている」という強い物語を示しました。
英国によるナチスドイツへの宣戦布告がなければ、当然のことながら「非干渉原則」のモンロー主義を掲げる米国による世界大戦への参戦はあり得ません。そうなればヒトラーとナチスドイツによるヨーロッパ支配はずっとのちになるまで、あるいは現在まで続いていた可能性もあります。
つまり、このときのチャーチルの決断がなければ、世界はいまとは随分と違ったものであった可能性が高いのです。


