身体に触れると、心の距離が近づく
私が、大切な人に「触れる」ことをお勧めする理由は、他にもあります。
「身体」に触れると、「心」の距離が自然と近くなるからです。
そのことを私に教えてくれたのは、ショウイチさん(70代)と、お姉さんたち。
江戸っ子のショウイチさんには、2人のお姉さんがいます。
長女のウメさん、次女のタエさんです。
3人はそれぞれ結婚して、別々に暮らしていました。
そんなある日、タエさんから、ショウイチさんに電話がありました。
「実は、姉ちゃんが乳がんで、転移もしてるの。残り時間はそんなに長くないみたい。でも、姉ちゃんは『入院は絶対にイヤだ!』って。だから、私が姉ちゃんのうちに面倒を見に行ってるんだけど……。胸の腫瘍が皮膚を突き破ってて、怖くて触れないのよ」
ご主人を亡くしたウメさんは一人暮らし。お子さんはおらず、近所に住むタエさんが通っていました。私たち医療スタッフも定期的に診察していました。
それを聞いたショウイチさんは、久々にウメさんに会いに行くことにしました。
実は当時、ショウイチさんは同じ都内で暮らしてはいたものの、姉2人とはお正月に電話で挨拶を交わす程度。「便りがないのは、元気な証拠」とばかりに、何年も顔を合わせていなかったのです。
久しぶりに会ったウメさんに、ショウイチさんがその胸を見せてもらうと、腫瘍が飛び出した傷口からはジクジクと血や滲出液が染み出しています。
「正直、最初にそれを見たときは、『これはシロウトが触っちゃまずいんじゃねぇか』と思ったね。でも、先生に聞いたら『やり方を覚えてくれれば、ご家族がガーゼを替えても大丈夫』って言うからさ。それなら、俺がやり方を覚えて、姉ちゃんが気持ち悪いって思うときに、替えてやろうと思ってさ」
そこでショウイチさんは、私たちに処置の方法を教わりながら、おそるおそるウメさんの傷口に触れました。
「最初はちょっとおっかなかったけど、慣れたら『ああ、大したことねぇな』って」
習って手を動かすうちに恐怖は消えたようで、そこからは積極的にウメさんに触れてお世話するようになりました。
最初は「無理して覚えなくったっていいよ」とそっけなかったウメさんも、弟の真剣な姿に、思わず表情がほころびます。
多くの患者さんは、家族を不安にさせまいと、泣きごとを言わず、ひとりで我慢してしまいます。そんなときに、家族が傷口に触れてくれると、それだけで安心感が広まります。
3人で賑やかに過ごした最後の時間
「弟にできるなら……」と、タエさんも変わりました。
最初、傷を怖がっていたタエさんは、出血がひどいときはいつも医療スタッフを呼んでいました。ウメさんに対しては常におっかなびっくり接していて、そのせいで会話もあまり進みませんでした。
でも、応急処置のためにタエさんも傷に触れるようになってからは、ウメさんへの腫れ物に触るような対応は自然と消えていきました。その傷に触れることで、二人の間にあった目に見えない壁が消えたのです。
やがて3人は毎日のように集まって、食事や昔話、冗談を楽しむようになりました。
お風呂が好きなウメさんのために訪問入浴サービスを頼んだときは、ショウイチさんもタエさんも付き添いました。温かなお湯にゆったり浸かったウメさんは上機嫌で、その口からは自然とお気に入りの歌が流れ出します。
「気づいたら、俺もタエちゃんも一緒に歌っててさ。ほら、昔、お袋がよく歌ってくれた、『ほたるこい』とか、『赤とんぼ』とか」とショウイチさんはのちに話してくれました。
ウメさんが徐々に食事がとれなくなり、穏やかに旅立つまでの4カ月間、2人は頻繁にウメさんの元を訪れて、賑やかに最後の時間を過ごしました。
ショウイチさんもタエさんも、最初からウメさんへの想いが強かったわけではありません。離れていた年月とともに、心の距離も広がっていました。
けれど、ウメさんの身体に触れることで、病気への過度な恐れが消えて、昔の親しさを自然に取り戻すことができました。
だからこそ、大切な人の身体に、その人の痛みに、ぜひ触れてほしいのです。

