NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、織田信長に利用される室町幕府15代将軍・足利義昭が描かれている。「惨めな将軍」と評価されることが多い義昭だが、本当にそうなのか。金も兵力もゼロのまま、書状一枚で信長包囲網を完成させた「したたかな実像」が史料から浮かび上がる。ルポライターの昼間たかしさんが史実に迫る――。
旧二条城跡、室町幕府将軍足利義昭の御所
旧二条城跡、室町幕府将軍足利義昭の御所(写真=mariemon/GFDL/Wikimedia Commons

“只者ではない”義昭のキレ者感

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」、やがて天下を手中に収める藤吉郎(池松壮亮)と小一郎(仲野太賀)の姿を描く物語も、浅井勢の裏切りで信長(小栗旬)がピンチに陥ったりと、わかってはいるけど、目を離せない展開が続いている。

でも、そんな中で注目したいのが第10回から登場している足利義昭(尾上右近)である。

続く第11回「本圀寺の変」では、三好三人衆に攻められたりと、登場早々災難極まりない。しかし、今回の義昭は、ひと味違う。ピンチを救うために駆けつけた藤吉郎と小一郎を自分の部下にできないかと考えたり、なかなかキレ者感を匂わせている。

長らく、信長に利用するだけ利用されて放逐されたかのように見られてきた義昭だが、近年では「やはり只者ではなかったのでは」と再評価が進んでいる。

再評価の根拠として真っ先に挙がるのが、信長包囲網の構築だ。義昭は京都を追われた後も将軍位を返上せず、毛利氏を頼って備後国鞆の浦に拠点を移し、全国の反信長勢力に御内書を送り続けた。武田信玄、上杉謙信、本願寺顕如、毛利輝元……これだけの勢力を同時に動かすネットワークを構築したのは、たしかに並の政治家にできることではない。

「文書一枚」で大名たちを揺さぶる

しかも手元にあるのは筆と紙だけだ。自ら兵を率いる力も、領地から上がる財力も持たない義昭が、信長に敵対する大物たちを次々に動かしていった。その道具はほぼ一つ、将軍として発給する御内書のみである。

浅井長政は義昭の御内書を受け取ると、直ちに「公方様から御内書を下された」と周囲に喧伝した。将軍が味方についたという事実は、どちらにつくか決めかねている勢力を動かす引力を持っていた。書状一枚で天下の大名を揺さぶる――これは、やはり相当のキレ者でなければできない芸当だ。

その手紙の実像を、戦国史研究の泰斗・桑田忠親は著書『戦国武将の手紙』(人物往来社、1967年)の中で読み解いている。例えば、京都追放後の義昭が吉川元春ら西国の諸将に宛てた御内書を見ると、表向きは礼儀・祝儀の体裁を取りながら、その実、来春の上洛・集会を呼びかけ、毛利氏の出兵を促す内容になっている。桑田はこれを義昭の粘り強い政治意志の表れとして評価している。

直接的な命令ではなく、礼儀の形を借りながら相手を動かそうとする……この婉曲にして執拗な外交文書の技法は、たしかに只者ではない。

現代風に言えば、義昭は「手紙で相手の心をくすぐる天才」だった。「いやあ、あなたのご活躍はこちらまで届いておりますよ」「来春、ぜひ一度お目にかかりたいものですな」などと、表面上はあくまで丁寧な挨拶である。しかしその裏に「ついでに兵を出してくれないか」という本音がびっしり詰まっている。