絞りだされた「申し訳ない」という謝罪
本件は、加害者とみられる26歳の男が死亡していることから、メディアの関心は「動機を知る唯一の手がかり」として家族に集中した。家族がまだ遺体と対面すらしていない段階で報道陣から質問攻めに遭うことになった。
「本当に申し訳ない。今の状況が信じられない」
これは加害者の母親が必死に絞り出した言葉である。
半ば強引な取材を「事件の真相究明のため」と説明する報道関係者も多いが、真に原因究明を目指すならば事件発生直後の混乱期ではなく、もっと時間をかけてもいいはずである。
現状の犯罪報道のピークは捜査段階であり、真偽が定かでないものも含めてさまざまな情報が混在している。事件発生から判決確定後まで長期的に加害者家族を支援してきた筆者の経験から言えば、事件の根本的な原因というべき事実が見えてくるのは早くとも精神鑑定などを経た公判段階だと認識している。
殺人事件の場合、逮捕から裁判が開かれるまでには1年以上かかることも珍しくない。しかし、裁判を待つ間に次々と別の事件が起き、報道陣の関心は新たな事件に移る。ようやく真相に辿り着いた頃には事件から離れているメディアも少なくない。
世間に向けた謝罪は本当に必要か
「身内の逮捕によってお騒がせして申し訳ありません」といった「世間」への謝罪は日本独特の風潮であり、欧米諸国からは実に奇妙に映るという。身内から犯罪者を出した芸能人が謝罪会見を開きテレビカメラの前で深謝する姿は、日本ではすっかり見慣れた映像である。かつては家族による謝罪はあたかも常識のように行われてきたが、最近はこうした風潮を疑問視する声が上がるようになっている。
筆者も加害者家族による世間に向けた謝罪に意味はなく、こうした風潮を変えていくべきだと繰り返し主張をしてきた。しかし一方で、群がる報道陣を無視すればよいのかといえばそうともいえないのが現状だ。加害者家族が無視をすると、取材は近隣住民や親戚にまで及び、結果的に家族がより肩身の狭い思いをすることになってしまうのである。
