だからダイエーは「イオンの子分」になってしまった…わずか20年で“小売りの雄”が消滅に追い込まれた、スーパー業界の『見過ごせない変化』(中井 彰人)
「ダイエー消滅」の衝撃 #2
〈「ダイエー消滅」の衝撃…かつては「ローソン」「アラモアナ」も保有していた“スーパー業界の絶対王者”が『イオン』に負けた根本原因〉から続く
小売りの王者だったダイエーが、関東から消滅する。
イオングループが首都圏と関西のスーパー子会社を再編することで、関東のダイエーはイオンフードスタイル(現マックスバリュ関東)が吸収。関西ではダイエーの名が残るものの、関東からは文字通り消滅してしまう。
かつてプロ野球チームだけでなく、いくつもの外食企業を傘下に収め、一時期はハワイ・アラモアナショッピングセンターを保有するほど栄華をきわめた小売業界の絶対王者が凋落したワケと、現在まで続くその衝撃の爪痕をまとめる。(全2回の2回目/最初から読む)
「駅前一等地」とともに没落したダイエー
ダイエーが押さえて、その発展の源泉としてきた各地の駅前・中心市街地といった「一等地」がモータリゼーションによってその価値を落とす中、ロードサイドを徹底的に攻めていたのが、都会出身でなく後発でもあったイオンであった。こうして2000年代以降、スーパー業界の主導権はイオンに移っていく。
本業の立て直しを図ったダイエーは、結果としては地方中心市街地店舗が次々と不採算店となり、大半の地方店を閉店することとなった。閉店損失処理に追われ続けたダイエーに攻めの戦略を打つ余裕はもうなく、紆余曲折を経てイオンの傘下に下ることになったのである。
イオングループとなって以降も、ダイエーへの逆風は吹き続けた。

