なぜ「やりたい仕事」がなかなか見つからないのか。企業の組織開発を支援する経営者の安斎勇樹氏は「外部からの雑音である『ソーシャルノイズ』の多い現代では、やりたいことを見失いがち。そのため、自分のことを深く掘り下げる『リフレクション』を行ったほうがよい」という――。

※本稿は、安斎勇樹『静かな時間の使い方 自分の解像度を上げる「独りの思索」の全技法』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。

落ち込む会社員
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです

「自分のことを考える時間」が不足している

私たちは、自分が何を大切にしていて、何に時間を使いたいのか、わかっているようでわかっていません。

それはお金も同じです。だからSNSの広告にそそのかされて、「自分は持っていないけれど、あの人は持っている」「みんなが使っている」といった情報に影響されて、欲しくもない流行りのブランド品を衝動買いして、後悔したりするわけです。

それもこれも、ソーシャルノイズがデジタルプラットフォーム包囲網のなかで増幅されているからです。時間の使い方にしても、お金の使い方にしても、自分で決めているようで、自分で決めていない。ソーシャルノイズに脊髄反射している状態です。

これを乗り越える方法はあるのでしょうか? 解決方法は結局、ただひとつです。「自分は何を大切にしたいのか?」「自分に必要なものはなにか?」という価値観をきちんと見つめ直し、自分の欲望に向き合って、言語化するしかありません。

これをやらない限り、どれだけ時間とお金を確保しても、「足りない」「満たされない」と悩み続けることになります。

これこそが、「なぜリフレクションをしたほうがいいのか?」の答えです。私たちは、もっと自分のことを考える必要があると思います。

社会の規範、市場のスコア、共同体の空気といったものに惑わされず、ソーシャルノイズの誘惑や抑圧からいったん自由になれたときに、初めて「自分は何を大事にしているのか?」「自分の内にある欲望は何なのか?」が見えてきます。

やりたいことが見つからない理由

よく「やりたいことが見つからない」という悩みを耳にしますが、当然のことだと思います。これだけソーシャルノイズが鳴り響いている状態で、「あなたは何がしたいのか?」と聞かれても、「社会の規範」からはみ出さないそれらしいことを答えるか、「市場のスコア」を高める目標を答えるか、上司や親の顔色をうかがって「共同体の空気」を読んで答えるかしかありません。

ソーシャルノイズから身をはがさない限り、「やりたいことは?」と聞かれても、それはあなたの「内発的動機」を抑圧する“呪いの質問”にしかならないのです。

もしかすると、すでに「やりたいこと」がハッキリしているから自分にはリフレクションは不要だ、という人もいるかもしれません。しかし、そういう人こそ、油断せずに、定期的にリフレクションの時間をとっていただきたいと思っています。

私自身「書きたい本」がたくさんあって、いくら時間があっても足りません。リフレクションをする暇があったら、少しでも本を書く時間にあてたい。そんな気持ちも多少はあります。