内向きな“血筋の”物語だから…
では、なぜ『国宝』の国際映画祭での評価が一部に留まったかといえば、そこで好まれる、いまの世界情勢など時勢とのリンクおよびタイムリーな社会批評性といった要素に欠け、その内容がドメスティックな題材の人間ドラマに閉じていることがひとつの要因としてあるだろう。
吉沢亮と横浜流星が演じる2人を主軸に描いた、歌舞伎という伝統芸能の狭い世界の血筋と才能を巡る物語は、日本人にとっては身近な文化の裏側の出来事への関心は高くても、世界中の多くの国の人々にとっては異世界の難解な物語になる。感じ方も映り方も変わり、感情移入の度合いは大きく異なるだろう。
『ドライブ・マイ・カー』との違い
アカデミー賞では、過去に『ドライブ・マイ・カー』(村上春樹原作、濱口竜介監督)が2022年の「第94回米アカデミー賞」で国際長編映画賞を受賞したほか、作品賞にもノミネートされていた。
また、アジア映画では、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督)が、2020年の「第92回米アカデミー賞」で外国語映画初の最重要タイトル、作品賞を受賞する快挙を成し遂げ、アカデミー賞の歴史を変えた。
両作と『国宝』は何が違ったのか。
両作にあって『国宝』に欠けていたのは、現代社会を批評する視点と国境を超えた共感性ではないだろうか。
『ドライブ・マイ・カー』が描く現代社会における喪失と再生の物語は、どの国に置き換えても成立する国境を超える普遍性があり、他者を受け入れて自身を振り返るストーリーへの共感性も高い。
一方、『パラサイト』はエンターテインメント性の高い娯楽作品のなかに、社会格差と他者との共生の難しさといった現代社会を風刺する視点があった。ただ、作品賞の栄誉の背景には、2010年代中盤から後半にかけて、アカデミー賞がホワイトウォッシュなど多様性の欠如の批判を受けていたことから、国外のアカデミー会員を増やしていた時期という時代的な土壌もあり、作品性とは異なる文脈が影響したこともある。
作品内容にフォーカスすれば、普遍性と社会批評性をいかにその作品ならではの物語に内包させるかが、ひとつのカギになるのではないだろうか。
![第49回日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞に輝いた「国宝」の吉沢亮さん=2026年3月13日午後、東京都港区[代表撮影]](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/3/500wm/img_d31e24ff69d914d43ba752c533898365240060.jpg)
