旧宮家が戦後に得たものと失ったもの

旧宮家の人たちは、それ以降も皇室と関係を結び、宮中の行事などで特別な扱いを受けてきた。

ただ、国から経済的な援助を受けているわけではない。臣籍降下した後に、GHQは多額の財産を所有している個人に対して高額な財産税を一度だけ課しており、それで、多くの財産を処分しなければならなかった旧宮家も少なくない。

したがって、旧宮家の人々は、一般の国民と同様に、戦後の激動の時代を自分たちの力だけで生き抜いてこなければならなかった。

ただし一般国民になることによって、自由な立場になり、選挙権や被選挙権をはじめ皇族には与えられない権利も与えられた。旧宮家の人々は、そうした生活を80年近く続けてきたわけで、皇族であった時代を経験しているのは、伏見宮ふしみのみや家の伏見博明氏94歳や久邇宮くにのみや家の久邇邦昭氏96歳をはじめ数人にとどまっている。1947年以降の生まれになれば、皇族時代をまったく経験していない。

伏見宮博明王(幼児期)
伏見宮博明王(幼児期)(写真=東洋文化協会編『皇室皇族聖鑑』昭和篇、東洋文化協会、1937年6月3日/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

皇室との縁が薄い旧宮家の血脈

そうした人たちが皇族に復帰したとしたら、一般の国民に与えられた権利は放棄しなければならない。また、前回も述べたように、絶えず側衛官に護衛される生活を生涯にわたって送らなければならなくなる。その点で、ハードルは相当に高い。

だからといって得られるものがあるのかどうか。国家によって経済的に支えられる、皇族として特別な扱いを受ける、各種の名誉職に就けるといったことはあるが、それに自分の人生を捧げていいものなのか。相当な覚悟が求められることは確かである。

重要なのは、一般の国民が皇族に復帰した旧宮家の人間を皇族として認めるかどうかである。その際に一つ大きな問題がある。旧宮家は現在の皇室との縁が相当に薄いのだ。共通の子孫は、およそ600年前の室町時代にさかのぼる。

1428(正長元)年のこと、第101代の称光しょうこう天皇が後継者のいないまま崩御した。そのとき、宮家の一つであった伏見宮家の嫡男であった御花園ごはなぞの天皇が即位する。そこから、伏見宮家は「世襲親王家」として特別な扱いを受けるようになる。旧宮家はすべて、この伏見宮家から発している。