なぜ次々に職員がやめるのか

デイリー新潮(2019年1月13日)にはこうある。

「秋篠宮家の事情に通じる人物が言うには、秋篠宮家は従来、庁内では比類なき『ご難場なんば』として知られてきた。仕事量は言うに及ばず、宮邸を切り盛りされる紀子妃の要求なさる作業のレベルが、圧倒的に高いのである。

『せっかく紀子妃殿下の悲願である増員が実現したのに、現在はその枠が埋まらない状況が続いています』

というのも、

『宮内庁の生え抜き職員や、警察をはじめ官公庁から出向してきたスタッフに対して、妃殿下が「うちの仕事には不適格です。他の人をください」と仰り、早々に交替させられることも珍しくないのです』(同)

それゆえ、私的スタッフも含め、職員は頻繁に入れ替わるのだといい、

『過去には、妃殿下の身の回りのお世話をする職員のトップである侍女長が、着任してすぐに体調を崩し、わずか1週間で出勤できなくなったことがあった。また18年の春にも、運輸業界から転職してきた女性が、やはり仕事の厳しさについていけず、1週間足らずで辞めてしまいました』(同)」

赤坂御用地の鮫が橋門 東京都港区元赤坂
赤坂御用地の鮫が橋門 東京都港区元赤坂(写真=Harani0403/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons

悠仁さまが放った「苦言」

母親が職員たちに厳しく当たるために、次女の佳子さんや長男の悠仁さんが「苦言」を呈することがあったという報道もある。

「こうした紀子妃のお振る舞いと、長きにわたって接してこられたのが佳子さま。秋篠宮家の事情を知る関係者によれば、

『佳子さまも10年ほど前までは、趣味のダンスや普段のお召し物を巡って紀子さまと激しく口論されることがありました。眞子さんの結婚に際しては一貫して姉上を支持され、そのことで紀子さまとの間に溝が生じることになりましたが、そうした時期を経て現在は達観されたご様子です』

そして、

『職員らの日頃の大変さもよくご存じで、“母はあのように周囲と接するのが難しい部分もありますので……”などと仰り、周囲の労をねぎらっておられます』」(『週刊新潮』2025年7月31日号)

デイリー新潮(2025年08月15日)は、こうも報じている。

「宮邸では目下、9月に催される悠仁さまの成年式の準備が進められており、

『その作業と並行して、悠仁さまの日常生活のお世話についても、紀子さまは職員らに細かな指示を出されています。先日は、職員が言いつけとは異なる動きを取ったため、紀子さまが厳しいお言葉を投げかけられる一幕がありました』(秋篠宮家の事情を知る関係者)

ところが、

『そこに悠仁さまが居合わせておられました。ご自身にまつわる件で職員が母親から苛烈な指導を受けている場面を目の当たりにされた悠仁さまは、紀子さまに向かって「それはおかしい。お母さまが間違っていますよ」などと、整然と進言なさったのです。職員は難を逃れ、紀子さまはその場で反論できず、口をつぐんでしまわれました』(同)」