米ボストン・グローブ紙は、この記者が軍人に数千~数万台湾ドルの見返りを渡し、中国に情報を漏洩させた疑いで拘束されたと報じている。政府とのパイプの有無は明らかになっていないものの、流出先は「中国の個人」とされている。
米国製兵器の抑止力が損なわれる
一連のスパイ工作を通じ、中国は何を意図しているのか。漫然とした情報収集ならまだしも、台湾侵攻を念頭に置いた作戦がすでに始まっているとみる専門家もいる。
米政治ニュースサイトのポリティコは、工作員が台湾の軍や民間組織に広く浸透した今、侵攻を防ぐうえで本来有効であるはずの数十億ドル規模のアメリカ製兵器が、期待通りの能力を発揮できない恐れがあると指摘する。
パトリオットミサイルやF-16戦闘機といった高性能兵器であっても、運用に関する情報が敵に筒抜けであれば、その抑止力は大きく損なわれると記事は指摘。有事の際にアメリカが派遣する米軍部隊にもリスクが及びかねないと憂慮する。
台湾を担当していた元米情報当局者は同サイトに対し、中国側のスパイが一度に大量に浸透する、あるいは数年をかけて台湾の組織内部にじっくりと浸透するいずれのシナリオであっても、「中国は台湾との戦争において、ひいてはアメリカとの戦争において、情報面で圧倒的な優位を握る可能性がある」と警鐘を鳴らす。
加えて、台湾国民への心理的ダメージも計り知れない。中国側は、台湾海兵隊員に中国国旗を持たせて忠誠を誓う動画を撮影させるなど、台湾国民の軍への信頼を揺るがす「認知戦」も展開。台湾の頼清徳(ライ・チンドー)総統は中国を「外国の敵」と明言し、スパイ摘発を強化している。
1人1万9000円で雇えるスパイは「コスパが高い」
中国がこうしたスパイ活動へ台湾軍関係者を次々に引きずり込めるのは、費用負担が非常に低いことが影響している。
ウォール・ストリート・ジャーナルが台湾の軍関係者や捜査当局、検察官に取材したところ、メッセージアプリやオンライン融資の勧誘を通じて下級兵士を狙うケースが増えている実態が明らかになった。
ある軍関係者が挙げた事例では、フェイスブック上でポッドキャストを名乗るアカウントが、軍経験者に対して「取材」を打診。情報提供の謝礼として最大で125ドル(約1万9000円)程度を持ちかけていた。
台湾調査局の許副局長は同紙に対し、下級兵士に少額を支払う手法について、「費用対効果が高い」と評する。高官を高額で買収するより、低コストで多数の協力者を確保できるという計算だ。
台湾各地の軍施設には、中国の工作員への警戒を呼びかけるポスターが掲示されている。工作員はSNSを通じて近づき、金銭やビジネス上のメリット、さらには性的な関係まで持ちかけてくると警告する内容だ。特にギャンブルや異性にのめり込みやすい兵士がターゲットになりやすいとして、ポスターは注意を呼びかけている。
軍や政府への信頼が揺らげば、社会の結束も弱まる。中国が狙うのは、まさにこの信頼の土台を内部から崩すことだ。

