記事によると、総統府や政府高官を警護する憲兵大隊に所属していたある軍曹が、2022年4月から約2年にわたり、中国のスパイとして活動していたという。
きっかけは借金だった。資金繰りに窮した軍曹がネットで融資先を探していたところ、中国の工作員が接触してきた。「携帯電話で機密情報を撮影するだけで金を得られる」と誘われたのが、2年間にわたるスパイ活動の始まりとなった。報酬は暗号資産で支払われ、機密度が高い情報ほど金額も上がった。
軍曹が提供した情報は、総統府に勤務する政府職員の氏名と顔写真、警備員の名簿やコールサイン、業務訓練資料など広範囲にわたった。台北に位置する淡江大学の安全保障の専門家は同紙の取材に対し、こうした情報は中国が「大きなパズルを完成させる」ために利用できると指摘する。末端の情報員から断片的な情報を積み上げれば、台湾の防衛体制の全体像を把握することが可能だ。
軍曹はさらに、台湾軍内において自ら中国のスパイ網を拡大。国防部サイバーセキュリティ・電子戦司令部の隊員もスパイ活動に引き込んだ。こうして、自身が総統府の警護任務から他部署に異動した後も、引き続き総統府の機密情報にアクセスできる同じ大隊の軍曹と伍長を新たに勧誘し、情報収集を継続させた。
このスパイ網は2024年8月、別の兵士が当局に通報したことで発覚した。同年12月に軍曹ら4人が逮捕され、2025年3月までに全員が有罪判決を受けた。軍曹には懲役7年が言い渡された。
皮肉なのは、国家を揺るがすスパイ事件に対し、少なすぎた対価だ。活動期間を通じて軍曹が受け取った報酬は、わずか1万5000ドル(約229万4000円)相当にすぎなかった。検察官は、「(裏切りは)時に我々を困惑させる。大した金額でもなかったのに」と述べている。
スパイ容疑の起訴件数は3年間で5倍
スパイを送り込む手口は、巧妙かつ大胆になってきている。
昨年11月、台湾当局は香港の居住権を持つ中国人をスパイ容疑で拘束した。ロイターによれば、この人物は中国軍の指示を受け、ビジネスや観光を口実に台湾へ繰り返し渡航。退役軍人2人をスパイ網の中核メンバーとして取り込んだ上で、彼らを通じて現役軍人の勧誘を図っていた。
通常、中国のスパイ工作は台湾在住の協力者を介して行われるが、今回は中国本土から直接工作員を送り込むという大胆な手口だった。この捜査では当人を含む計7人が拘束され、国防部は現役将校2人の起訴を別途発表している。
こうしたスパイ工作が台湾でいかに深刻な問題となっているかは、起訴件数の推移を見れば明らかだ。
台湾国家安全局のデータによると、2024年に中国スパイ容疑で起訴されたのは15件・計64人に上り、2021年のわずか3件から5倍に急増した。
とりわけ深刻なのは、起訴された容疑者のおよそ3分の2が現役または退役済の軍人だった点だ。国防の要である軍が、中国の浸透工作の格好の標的にされている構図だ。
台湾英文新聞は、国家安全局が2023年以降に把握したものだけで、中国による工作活動とみられる国家安全保障上の事件は84件に上ると報じる。今年1月には、軍の将校に賄賂を渡して機密情報を得ようとした疑いで記者が摘発された。

