営業マンが触れない「保障の減額」
たとえば、1000万円の死亡保障がついた終身保険(10年払い)を3年で料済みにしたとする。お客はその時点で保険料支払いをやめるが、死亡保障としては300万円が残る。逆に言うと、1000万円の保障は300万円に減額されているわけだが、寺尾は「しっかり保障は残る」を強調する。
本来、「料済み」はお客が保険料を払えなくなったときの最後の手段なのだが、契約時に寺尾のほうからそれを持ちかける。寺尾は支払い期間が短くなることだけを強調し、肝心の保障額が少なくなることには触れない。
なぜ「2年以上」なのか?
お客が契約後、2年以内に解約や料済みにすると、販売した局員に「ボテ返」が発生するためだ。「ボテ返」とは当初の契約に付いたボテを会社に返さねばならない(※10)仕組みで、給与明細にマイナス計上される。これを避けるため、2年以上はお客に“がんばって”もらう必要があるのだ。
※10 ボテを会社に返さねばならない
返納の割合は契約の経過期間によって変わる。契約してすぐの解約であれば100%の「ボテ返」になるが、契約期間が長くなればボテ返の割合も減っていく。
お客のことは二の次
この寺尾の提案には2つの落とし穴がある。
保険料を支払わなくて済む分、保障額が大幅に減るというのが1点。もう1つは、昔の契約のほうが間違いなく積立利率がいいので乗り換えによってほとんどの場合お客は損をする(※11)という点。要はお客のことは二の次、三の次で、少なくとも2年間はできるだけ高い保険料を払ってもらうことで自分のボテを稼げるだけ稼ぐ。これが寺尾の戦略なのだった。
寺尾は頻繁にかんぽ生命の高額契約を取ってくる「できる営業マン」だ。局内の成績もつねにトップを独走している。局の年度目標達成に多大な貢献をしてくれる寺尾は、タッコーや真島課長にとっても貴重な存在(※12)だった。
その手法に異議を唱える者は局内にいなかった。
※11 お客は損をする
基本的に昔の保険ほど積立利率がいい。とくにバブル時代に契約した保険については、業界内では「お宝保険」と呼ばれ、解約返戻金が非常に大きくなっている。直近、「失われた30年」で経済も停滞し、積立利率も1%台半ばまで下がっている。よって乗り換えによって新たな契約をするとほとんどのケースで返戻率は大きく減少することになる。
※12 貴重な存在
とはいえ寺尾の役職は「主任」だった。郵便局には、局長↓部長↓課長↓課長代理↓主任↓ヒラという序列がある。年齢的にもまた挙績からいっても、寺尾が「主任」どまりなのが不思議だった。上層部は寺尾の手法がグレーゾーンだということを認識していたため、昇格させなかったのではないかと私は勘繰っていた。


