Q.ゴールデンウイークや夏の行楽シーズンともなると毎回必ず起きるのが高速道路の渋滞だ。案内板に「渋滞20キロメートル」などと表示されているのを見ると、誰でもうんざりしてしまう。そこで近くのインターチェンジから下りて、一般道路を走ろうとする人が出てくる。しかし、交差点や橋などでの渋滞に巻き込まれ、後から考えてみるとそのまま高速道路を走っていたほうが早く目的地に着けたことが意外と少なくない。そうした「渋滞20キロメートル」といった数字に何かトリックが隠されているものなのか。
人間は知らず知らずのうちに、それまで頭のなかにインプットされていた情報に頼ってしまうことが多い。玄関の鍵をドアに差したままであるのにもかかわらず、「なくしてしまった」と思い込み、つい慌ててしまったという経験はないだろうか。そうしたときは、頭のなかの「鍵がドアに差しっぱなしになっているはずはない」という固定観念に引きずられているものなのだ。
そのような固定観念のことを行動経済学では「アンカーリング」という。アンカーは船の「錨」を意味し、潜在的に意識のなかに刷り込まれていた情報が錨のように重石となって思考や判断を束縛してしまうものと考える。高速道路の「渋滞20キロメートル」という表示を見たとたん、深く考えずに一般道路に下りてしまうのも、「一般道路は混雑していない」という経験則に基づく固定観念がアンカーとして働いているのだ。
アンカーリングについては、行動経済学の創始者で経済学者のカーネマンとトヴェルスキーが学生を対象に行った有名な実験がある。それが図にある掛け算の計算だ。どちらも1から8までの数字を掛け合わせるもので、5秒という制限時間が設けられていた。数字の順番が変わっても掛け算の答えは変わらず、グループAもグループBも正解は「40320」になる。しかし、学生の回答の平均値はグループAが「512」、グループBは「2250」だったという。
なぜこうまでも大きな開きが出たのかというと、「1×2×3……」「8×7×6……」と最初のいくつかの数字を計算した段階で5秒という制限時間が迫り、後の計算を大くくりにしてしまったことが考えられる。その際に、最初に目に入った数字の大きさがアンカーとなって、その後の推計に大きな影響を与えてしまった可能性が高いのだ。
そうしたアンカーリングを逆手にとって、価格交渉を優位に進める方法がある。あらかじめ自分が想定していた売り値より高い価格をふっかけてしまう。もし、相手が値引き要求してきたら、それに応じて値段を下げる。すると、最初の提示価格がアンカーとなって、相手は「負けさせることができた」と満足し、当初の想定価格を上回る水準で妥結することが十分可能になる。