今こそ「長期志向経営」を

日本企業が留保利益を増やしているもう1つの理由は、長期志向の経営である。日本企業が長期志向になるのは、大きな2つの理由がある。1つには、従業員に、長期雇用の約束をしていることである。この約束は明確な契約に基づくものではなく、働く側と雇用する側の相互期待によって成り立っている。従業員側には、企業側が深刻な問題に直面しない限り、企業は従業員を雇い続けてくれるだろうという期待がある。企業側にも、従業員に深刻な問題がない限り企業で働き続けてくれるだろうという期待がある。従業員の期待に応えるためには、企業経営の長期的な安定を確保することが必要である。従業員が長期にわたって働き続けてくれるだろうという期待を担保するためには、1つの企業に勤め続けることができるような生活給型の給与体系を準備することが必要である。

もう1つの理由は、取引先との長期的な関係である。従業員との関係と同じような長期的な相互期待が取引先との間にもある。買い手は、深刻な問題が起こらない限り売り手が継続的に商品供給をしてくれるだろうと期待し、売り手は、同じように、買い手が買い続けてくれるであろうと期待している。このような期待があるからこそ、売り手も買い手も長期的な取引を前提とした品質改善のための投資を行うことができる。

従業員や取引先からの長期的な期待に応えるためには、長期的な視野での経営の安定化をはからなければならない。そのためには、企業の存続を危うくするような問題が起こらないようにする、あるいは仮に起こってもそれが深刻化しないように備えることが必要である。そのことが相手方に見えなければならない。その重要な手段となるのは内部留保である。

長期的視野での経営の1つの問題は、短期的な効率の悪さである。よく指摘されるように、企業の留保利益、とりわけキャッシュリザーブは、資金の使い道としての効率が悪い。実際に、アメリカの企業と比べると、日本の企業のキャッシュリザーブは多すぎるといわれている。むしろ逆に、アメリカ企業の留保利益は少なすぎると考えるべきではないかと私は見ている。このことについて別の機会にじっくり議論することにしよう。長期的視野での経営のもう1つの問題は、企業がリスク回避的に行動してしまうことである。長期の責任を考えればリスクを取ることに保守的になってしまうのは当然だ。しかし、よく言われるように、リスクに挑戦しないのは、企業としての最大のリスクである。このようなリスク回避への圧力があるにもかかわらず、日本の企業はリスクを取って投資をしてきた。それを可能にしたのは、3つある。1つは含み益、第2は潤沢な内部留保、最後は銀行が供給した擬似イクイティーである。擬似イクイティーとは、企業が経営困難に陥ったときに銀行が供給する追加資金である。デフレ経済と時価主義会計のもとで、第1の含み益は消滅してしまった。また銀行の貸し出し基準が厳格化されたために擬似イクイティーの供給も難しくなってきた。このような最近の状況で、リスク対応手段として利用できるのは内部留保のみである。この内部留保の取り崩しを促進するような税制を採用すると、日本企業はますますリスク投資を行わなくなってしまう。そうなれば雇用機会も増えないだろうし、国際競争力も低下するだろう。