当時のジョブズが感銘を受けた本のひとつに、曹洞宗の鈴木俊隆(しゅんりゅう)老師による『禅マインドビギナーズ・マインド』(サンガ新書)がある。平易な言葉で語りかけるように書かれた同書は、きわめて具体的で実践的な禅の入門書だ。

鈴木師は、59年に渡米してから71年に亡くなるまでカリフォルニア州を拠点に禅の布教に尽力した。67年にはアメリカ初の本格的な禅院である「タサハラ禅マウンテンセンター」を創設している。このとき鈴木師が日本から呼び寄せた人物が、前出の乙川師であった(当時は養子先の知野姓を名乗っていた)。

ジョブズの結婚式を司った故・乙川弘文老師。©Nicolas Schossleitner

禅院の立ち上げを手伝った後、乙川師はいったん帰国するが、カリフォルニア州ロスアルトス市の信徒たちから「地元の禅堂で指導してほしい」との嘆願書を受けふたたび渡米(ケイレブ・メルビー原作、ジェス3作画『ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ』集英社インターナショナル)。70年、同市の「俳句禅堂」の住職となった。ちょうど同じ町に実家のあったジョブズは、75年頃より俳句禅堂に出入りするようになる。

すっかり禅に魅せられたジョブズは毎日のように乙川師のもとに通い、2~3カ月に1回は禅堂にこもって瞑想する静修を行うなど、できるかぎり師と長い時間をすごすようになった。創業後多忙をきわめてからもことあるごとに教えを求めたという。

85年に当時のCEOジョン・スカリーとの対立からアップルを飛び出し、NeXTを設立したときには、乙川師を自社の「宗教顧問」として招いている。人生のなかでも最大の試練を迎えていたジョブズは、おそらくこのとき師にすがるような気持ちだったのではないだろうか。

▼編集部おすすめの関連記事
スティーブ・ジョブズと禅
(時事通信フォト=写真(ジョブズ))