死は生命にとって最高の発明――。こんな至言を遺した男の思想には、日本由来の「禅」が深く関わっていた。

なぜ内部基板にまで美しさを求めたのか

「偉大な大工は、見えなくてもキャビネットの後ろにちゃちな木材を使ったりしない」(桑原晃弥『スティーブ・ジョブズ名語録』PHP文庫)

スティーブ・ジョブズ(時事通信フォト=写真)

これは、11年10月に亡くなったアップル創業者スティーブ・ジョブズの言葉である。製品の外装だけでなく、内部のマザーボードにまで美しさを求めたジョブズは、チップや回路をもっとシンプルで魅力的な配置にしたいと考えた。技術者たちはマザーボードをのぞく者など誰もいないと反論したが、これに対しジョブズが放ったのがこの言葉であった。

製品の本質を重視する彼の精神は、禅の一派である曹洞宗の開祖・道元の教えに通じるところがある。たとえば道元の教えを弟子たちがまとめた『正法眼蔵随聞記(しょうぼうげんぞうずいもんき)』(岩波文庫など)には「実徳を蔵、外相を荘(かくしてかざらず)」(内面をよくして外面を飾らない)という言葉が出てくる。

実際、ジョブズと禅には深い結びつきがある。彼は青年時代から禅と接し、曹洞宗の僧侶である乙川弘文(おとがわこうぶん)老師に師事していた。

カウンターカルチャーが全盛を迎えた1960年代から70年代前半、若者たちは物質万能主義に疑念を抱き、精神世界に関心を向けた。ジョブズも、72年に大学に入ると東洋思想に傾倒していく。なかでも仏教や禅には強い影響を受けた。後年彼が語ったところによれば、「抽象的思考や論理的分析よりも直感的な理解や意識のほうが重要だと、このころに気づいたんだ」(ウォルター・アイザックソン『スティーブ・ジョブズI』講談社)という。