映画の暴力は過激になりやすい

現実に近親姦を望む人がそれだけ多いということなのだろうか。おそらくそうではない。高齢の男性が無理矢理に、ということはあるが(その多くは継父で、実子ではない子を襲う)、親や兄弟姉妹、息子娘に性的魅力を感じる人が多い、という証拠はほとんどない。やはり近親者を性的対象とすることに関するタブー意識は強いようだ。何事にも例外はあるので、近親姦を望む人は皆無ではないだろうが、非常に少ないのは確かだ。スティーブン・ピンカーは「ティーンエイジャーの兄妹や姉弟たちが公園や車の後部座席で密会するなどということはまずない」と言っている(※3)

どうやら現実にほしいものの代替物を求めている、というだけではないらしい。想像上の喜びは安全だが、安全なものは退屈になってしまうことがある。誰かが私のオフィスに来て、目の前で拳銃を振り回したとしたら、それはあまりに恐ろしいことだ。しかし、映画の中で誰かが拳銃を振り回したとしても、それだけでは退屈かもしれない。慣れてしまっているからだ。退屈にならないよう、映画の暴力は非常に激しいものになりやすい。

同じような「慣れ」はポルノグラフィーにもある。まだ性的経験もないティーンエイジャーであれば、魅力的な人が口にキスをしてくる、というだけでも興奮するだろうが、ポルノグラフィーを見すぎている人は、過激な描写を求めることがある。この本を家族で読む人もいると思うので、「過激な描写」が具体的にどのようなものかはあえて書かない。