当時の松江城天守は倒壊寸前だった

「べらぼう」では、いつも城山(亀田山)のてっぺんに松江城天守が凛として佇んでいる。松江城は慶長5年(1600)の関ヶ原合戦後、出雲(島根県東部)と隠岐(島根県隠岐郡の島々)の24万石に封じられた外様大名の堀尾吉晴が、慶長12年(1607)ごろから築きはじめ、同15年(1610)には天守が完成した。その天守がいまに残っている。

本丸の北東に建つ4重5階地下1階のこの天守は、現存する12の天守のなかでは、1階の床面積が姫路城に次ぐ2番目、高さは姫路城、松本城に次ぐ3番目の規模で、どっしりと構えられ存在感がある。平成27年(2017)7月には国宝に指定された。

松江城
撮影=プレジデントオンライン編集部
松江城

だが、じつはセツとハーンがすごした当時、この天守はいまのように凛とした佇まいではなかった。