「徹底」をつらぬく連夜の指示書作り

東レ社長 
日覺昭廣
(にっかく・あきひろ) 1949年、兵庫県生まれ。73年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了、東レ入社。2001年エンジニアリング部門長 工務第2部長、02年取締役、04年常務、06年専務、07年代表取締役副社長。10年に代表取締役社長 COO、11年より代表取締役社長 CEO兼COO。

どの世界でも、リーダーには、強い「発信力」が求められる。無論、企業経営でも同じだ。経営の方針や目標を明確に示すだけではなく、事業の意義や将来性、社会との関わりや人間としての在り方に至るまで、社員たちの心に響き、胸に残せるだけの発信力がなければいけない。

これは、経営トップに限ったことではない。各部門で責任を持つ人間にも、当てはまる。だが、「私の方針だ、こうしろ」と声高く語り、胸を張るだけでは、十分でない。ときには、口に出さず、行動で示すことも、大事なメッセージとなる。いわゆる「背中で語る」という領域も、リーダーの世界には欠かせない。

1996年5月、47歳でフランスのリヨンに赴任し、ポリエステルフィルム「ルミラー」の新工場建設を指揮した。毎日、日中は建設現場を回り、工事の進捗度や設備の搬入状況を確認する。夕方以降は事務所に籠もり、各部署が「明日やるべきこと」「急いで手配すること」などを明記した指示書を、次々に書いていく。週末も出勤し、もう少し先まで含めた指示を書き込む。週が明けると、部下たちの机の上には、その指示書が置いてある。

日本からきた7人の常駐者が、それぞれ担当分野で点検はしている。だが、工事の遅れや費用の膨張を防ぐには、状況を常に把握し、的確な指示を出すことが責任者の任務だ、と思う。「ルミラー」は、前回(http://president.jp/articles/-/10669)触れたように主力製品の1つで、ビデオ用磁気テープなどに使われる。リヨン工場は、米国進出のときと同様に、現地企業を買収し、その地に建設する。計画通りの期日に完了できるかどうかが、焦点だった。