直訴を決断させたコスト削減の確信
ウシオ電機社長
菅田史朗(すがた・しろう)
1949年、兵庫県生まれ。72年京都大学理学部卒業、ウシオ電機入社。85年播磨工場ハロゲン技術部長代行、94年技術研究所所長、2000年取締役上席執行役員、01年ランプ第二事業部長、04年代表取締役専務執行役員。05年より現職。
菅田史朗(すがた・しろう)
1949年、兵庫県生まれ。72年京都大学理学部卒業、ウシオ電機入社。85年播磨工場ハロゲン技術部長代行、94年技術研究所所長、2000年取締役上席執行役員、01年ランプ第二事業部長、04年代表取締役専務執行役員。05年より現職。
1990年から93年にかけて、ドイツのミュンヘン郊外にあるBLVというランプ子会社の副社長だった間に、日本の上司から「きみに託した任務は、もう止めていい」という電話を、2度も受け取った。熟慮したうえで、東京の会長、社長に電話を入れて、任務の継続を訴えた。
トップへの直訴は、組織では大半が「禁じ手」とする。意志決定は、トップダウンにしろボトムアップにしろ、何段階かの役職者を経て進められるのがルールであり、「俺は聞いていない」との不満による波風を防ぐのが手順だ。直訴は、できれば使いたくない手法だが、ドイツの工場で課せられた責務を果たさなければ、会社の将来に禍根を残す。
BLV買収は、89年暮れに動き出し、社長室主任技師として交渉に加わった。いったん、買収価格を高く示した他社に割り込まれて断念したが、そちらが不調に終わり、復活した。その舵取りに赴くことは想定外。でも、創業者の牛尾治朗会長の「じゃあ、きみ、いってこい」のひと言で、初の海外勤務へ出る。生産設備の内製、生産ラインの自動化などの任務を負い、41歳の誕生日に、独りミュンヘンの地を踏む。
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