希望という名の雨が降る

バッタの大群を砂丘の上から見下ろす著者(モーリタニアにて。ティジャニ撮影)。

謎、いわゆる「研究テーマ」は、あらかじめ準備することもあるが、その場のバッタの状況を見てから決めることが多い。一般的には、研究資金を獲得するために申請した研究計画書通りの内容に沿って研究を進めることが多いだろう。私はあえて反抗的な態度をしているのではなく、野生動物が研究相手だと状況の予測が難しく、計画通りにいかないことがあるから、あえて自由なスタイルをとっている(バッタがいなくなるという過去の反省を生かして:連載第3回参照 http://president.jp/articles/-/9923)。

計画に束縛されると、条件が適した場所に辿り着けなければ何も成果を出せない。それどころか、計画外の好条件に気づかずスルーするハメにもなる。計画が足かせとなってしまっては元も子もない。状況が読めない相手には、ノープラン戦法で挑んだほうが柔軟に対応できるので成果は出やすい。そのかわり、どんな状況にも対応できるように予備知識や経験が求められる。私の場合、サバクトビバッタだったら、卵、幼虫、成虫とすべてのシーンについて研究してきたため、野外で出くわすどんな状況にも対応できる。同時に、「相変異の謎を解く」という私自身の強いこだわりを忘れない(連載第12回参照 http://president.jp/articles/-/10619)。

実際に謎を暴くための実験や観察をするには、武器が必要となる。砂漠では電気は当然のこと、実験室も、インターネットも、図書館も先生もいない。頼れるものは己の力のみ。調べものをしに街に帰っている間に状況はすぐに変わってしまう。謎は待ってはくれない。閉じた瞳をゆっくり開き、拳を握りしめ、知力、体力、気力を武器にして謎に立ち向かう。砂漠が研究者としての実力テストの会場と化す。ごまかしはきかない。研究者としての真価が問われる。

私は日本にいたとき、特別な実験装置や薬品などに頼らぬ100年前とほとんど変わらないスタイルで研究をしてきた。それは室内での経験だったが、モノに頼らないローテクで鍛えられた研究スタイルは、モノが制限された砂漠でも威力を発揮した。

「ペンとノートだけを持って、サハラ砂漠でサバクトビバッタを研究せよ」という課題が出たときのみ、私は世界トップレベルの得点をたたき出す自信がある。サハラ砂漠という舞台でバッタ研究をしているとき、自分の力が最も輝きを放つ。日常生活からかけ離れ、限定されすぎた条件だが、世界一になれるチャンスが自分に1つでもあったから、それに人生を賭けたくなった。

ポスドクとしてアフリカに渡ったばかりのとき。モーリタニア国立サバクトビバッタ研究所の職員たちからは「日本人になんかサバクトビバッタのことわかるわけねーよ」とバカにされていた。決めつけを払拭するためにも何かインパクトのあることをかましたかった。「前野はなんだか今までの研究者と違って本気でバッタ問題を解決しかねないぞ」と印象づけておけば、この先、彼らを黙らせ、とんとん拍子でことが進むと考えていた。野外調査初心者のため勝手がわかっていなかったが、最初の調査で新発見をかまして度胆を抜いてやろうと企てた。

この作戦は、巨大な敵に挑むときに効果的であることは実証済みだ。湘北高校が高校バスケット界の王者・山王工業(秋田代表)に挑む際、最初に大技を炸裂させて、「おやちょっと違う。あれ、違うぞ」と思わせ、番狂わせを狙った安西先生の奇襲作戦という例がある(『スラムダンク』25巻、井上雄彦、集英社刊より)。

チャンスはアフリカ到着3日後に訪れた。5日間の野外調査で論文2報、すなわち生態に関する新発見を2つ成し遂げることができた。ババ所長が職員たちに「コータローは普通の博士が1年かけてやることをたった数日で成し遂げたサバクトビバッタのスペシャリストだ」と説明してくれたおかげで、みんなが期待してくれるようになった。

私が野外調査にこだわるのは、白熱できるだけではなく、バッタの大発生を阻止する重要な新発見ができる可能性が高いからだ。私にとってサバクトビバッタの新発見をすることは、好きな子のファーストキスを奪うのと同じくらい希少価値がある。誰よりも先に奪いたい略奪感と、誰かに奪われたらどうしようという不安感に襲われる。動機はどうであれ、新発見はバッタ問題の解決に繋がっていくはずだ。

世界中のサバクトビバッタを独り占めしたい。彼らを自由自在に操りたい。他の人たちに殺されてほしくない。根強い独占願望がある。これ以上隠し続けるのはツライから白状すると、私はたぶんバッタのことが問答無用で好きなんだと思う。ヒトとしてたまに自分でも心配になるけど、世の中の役に立ちそうな予感がするからこの想いは大切に育んでいこうと思う。

さあ、みなさまどうだったでしょうか。研究者が心血注いでつくりあげる文字と図がおりなす論文の裏にはドラマがあります。今回の連載ではアフリカで繰り広げられるバッタと無収入者のドラマを紹介してきました。学会関係者からは「そんな暇あったら研究したら?」と冷ややかな目で見られることもありましたが、サバクトビバッタのことを日本中に広めることも私の使命。おかげで大勢の方に紹介することができました。

私は、プレジデントオンライン誌上で連載できたことを誇りに思います。お声をかけて下さった編集者、付き合って下さった読者の方々に感謝しております。私は人類を救う秘密兵器として一生ベンチを温めるのはごめんです。雨が砂漠に緑をもたらすと、バッタが舞い戻ってくる。今年はその雨が降った。決戦の時が近づいてきている。今、しめやかにも円満に連載を終え、波瀾を起こすために新たなるバッタの謎に挑みます。

一日も早く無収入から卒業し、アフリカをバッタ問題から救う日が来ることを祈り、今日も砂漠を徘徊してきます。

 

希望という名の雨が降るモーリタニアの首都ヌアクショットより
前野ウルド浩太郎

【関連記事】
砂漠のプレゼン特訓
奪われた成果――バッタ博士を襲う黒い影
道具がない!――手づくりの武器で闘え
仕事がない! ならば仕事を作ってみよう
33歳、無収入、職場はアフリカ