大きな構想を描ける名宰相

その後、12年に発足した第2次安倍政権では、前任の野田内閣の尖閣国有化に中国が猛反発し、またも反日デモが繰り返される危機的な状況で政権を引き継いだ。

そして13年には右派言論人らの強い圧力に抗しきれず安倍氏自身が靖国神社に参拝して、さらに中国を刺激したが、ここでも安倍氏は外務省や経産省に加えて経済界の支援も得て翌14年には北京で開かれたAPECの場で習近平国家主席との初会談にこぎつけ、関係修復の第一歩となった。

習近平氏と握手を交わす安倍晋三氏
習近平氏と握手を交わす安倍晋三氏(写真=首相官邸ホームページ/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

そしてこれをもとに、二階俊博氏ら自民党の親中派の大物議員、さらには公明党のパイプも通じて、中国との関係改善を進め4年後の18年には単独で北京を訪れて日中首脳会談を実現した。

注目すべきなのは、同時にアメリカや東南アジア諸国との関係強化で中国封じ込めを狙う「自由で開かれたインド太平洋構想」を推し進めたことだ。中国に単に譲歩するのではなく、戦略的、長期的な視点で関係をつくっていくという大きな構想がそこにあった。

台湾で銅像が建てられるほどの政治家が、国益のため地域の平和と安定を優先する冷徹な判断をし、自らを支援する勢力を説得してでも中国と大胆な妥協をしたのである。

高市首相に問われているのは、反中の世論が高まっている時だからこそ、冷静に情勢を鎮静化させて、中国に対して、振り上げたこぶしをどう降ろさせるか、そのために何をすべきかを考えることだ。

威勢だけでは「首相の器」にあらず

気になるのは自衛隊機がレーダー照射を受けた後もトランプ大統領が沈黙を守っていることだ。

高市首相が米空母の艦上で、ロックスター並みのパフォーマンスで日米同盟の絆を演出したのも、台湾はじめ東アジアの安定を脅かす中国への軍事的な牽制のためだったはずだ。高市首相の肩に手を回して最高の首相だと持ち上げたトランプ大統領だが、習近平主席との電話会談の後は、高市首相に中国とあまり揉めるなと「助言」したとされている。

単なる国会答弁に過ぎないことで日本と中国との関係が拗れている。こんなことで中国とのディールに影響が出てはまずい。トランプ氏にそんな気持ちがあることは想像に難くない。問題は、だとすると日本には後ろ盾が頼りにならない状態で中国と向き合わなければならないということだ。

対立が1カ月を超え、世論にも微妙な変化が現れ始めた。世論調査では高市首相の答弁に問題はないという声が依然として圧倒的に多いが、今後の経済などへの影響を懸念する声も出始めている。

政府内では問題の長期化を覚悟すべきだという声が出ているが、米中関係の行方も見通せない中で、どう事態を収拾していくのか、高市首相にとっては難しい判断が続くことは確かだ。

自民党のあるベテラン議員は、「高市は威勢はいいが、他人の言うことは聞かず、チームで支える体制もできていない。だから一時の思いつきや、その場しのぎの発言が目立つ。いち議員ならともかく、総理大臣がそれでは必ず足元をすくわれる。日中関係だけでなく、高市政権の最大の弱点はその言葉の軽さだ」と漏らしていた。

高市首相の「高転びのリスク」は、いまそこにあるのだ。

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