婚活からの撤退で問われる「仲介業の存在価値」
前出の近岡一磨さんは、エージェント事業についてこう指摘します。
「今、仲介業全般の存在価値が問われています。転職、結婚相談所、M&A、不動産――あらゆる仲介ビジネスが、デジタル化の波に晒されています。退職代行サービスの普及が象徴するように、現代の消費者は『人間関係が伴わないほうがストレスが少ない』という価値観を持ち始めています。
しかし、すべてがデジタルに代替されるわけではありません。人生の重要な意思決定において、デジタル情報だけでは納得できない領域は確実に存在します。最適化だけで人生を決めたいとは思わない人々、『答えのない問い』に向き合いたい人々──AIには代替できない感情的判断のサポート需要は今後も残るはずです。
仲介ビジネスは、対象産業の成長性に完全に依存しています。介護事業者向けのエージェントが伸びているのは、介護産業そのものが拡大しているからです。
また今後、エージェントビジネスは特定顧客に深く寄り添う高付加価値サービスであり、マニアックな市場として再定義されると考えています。機械的最適化はデジタルに任せ、人生の伴走者として『人生全体最適』を提案できるエージェントが生き残っていくのではないでしょうか」
リクルートは業界の「HAT」を壊した
リクルートは確かに業界から一部撤退という判断を下しました。ただし、今回の決定を単なる事業の失敗と見るべきではありません。リクルートは婚活業界に大きな変革をもたらしました。
結婚相談所業界には長らく「HAT」という言葉がありました。「恥ずかしい」「怪しい」「高い」――これらの頭文字です。閉鎖的で不透明、そして高額。消費者にとって心理的ハードルの高い業界でした。
この構図を変えようと業界各社はさまざまな努力を重ねていたなか、「ゼクシィ」の参入はひとつの大きな契機となりました。結婚情報誌で絶対的な信頼を築いていた同ブランドが結婚相談所に参入したことで、消費者が抱いていたネガティブなイメージは薄れていきました。「リクルートが運営しているなら安心」――そう考えて初めて結婚相談所を利用した人も少なくありません。実際、ゼクシィ縁結びエージェントの展開後、安価なサービスは増えてきました。
リクルートの基本理念は「新しい価値の創造を通じ、社会からの期待に応え、一人ひとりが輝く豊かな世界の実現を目指す」というものです。婚活市場の透明性を高め、より多くの人が結婚という人生の重要な局面で前向きな一歩を踏み出せる環境を整えた――その意味で、「ゼクシィ縁結び」も「ゼクシィ縁結びエージェント」も、理念を体現したサービスだったと言えるでしょう。
事業としては終了しますが、その社会的意義は残ります。

