「がっかりさせないで」という無言の圧力
母と父は成績のことをうるさく言わなかった。ふたりの期待は、ほかの家族について語る母の口ぶりから伝わってくる。家族の友人の息子か娘が学校の勉強でつまずいたり、何か問題を起こしたりすると、母はその友人ががっかりしているにちがいないと想像をめぐらせる。
その子たちのようになってはいけません、と言われたことはない。だが母の悲劇的な語り口から、僕らは無言のメッセージを受け取った。のらくらしていてはだめ。優秀な成績を収めるの。がっかりさせないで。
報酬制度も導入された。Aひとつにつき25セント。オールAだと好きなレストランへ連れていってもらえる。選ばれるのはたいてい地上185メートルの〈アイ・オブ・ザ・ニードル〉、真新しいスペースニードルのてっぺんにある回転レストランだ。いつもクリスティの成績のおかげでそこへ行けた。自分の成績とは関係なく、弟だからいっしょに連れていってもらえるのだ。
祖母は友人であり教師でもあった
そのころには、母は地元の非営利団体でボランティアをして過ごす時間が増えていた。のちにユナイテッド・ウェイと呼ばれるようになるジュニア・リーグなどの団体だ。午後は出かけることが多くなり、姉と僕が学校から帰ってくると祖母のガミが家で待っている。玄関でガミを見るのがうれしくてたまらなかった。
僕らを家のなかに招き入れ、ピーナッツバターを塗ったリッツのクラッカーなどのおやつを出してくれて、学校のことをあれこれ尋ねる。そのあとはいっしょに本を読んだりゲームをしたりして、やがて母が帰ってくる。ガミは3人目の親のようだった。
休暇中の旅行、クリスマスのスケート・パーティー、夏の避暑地への旅、家族の行事にはたいてい参加する。よその家族は、ゲイツ家の面々と会うときには祖母もそこにいると知っていた。だれよりもおしゃれに服を着こなし、真珠のネックレスをつけて、髪を完璧にセットして姿を現す。
それでもガミは自分が親代わりだとは思っていなかった。ガミは僕らの友人であり、辛抱強い教師だった。母と父が自分たちのやり方で子育てできるように気を配っていた。役割分担ははっきりしていて、ガミはそれを尊重し、父が帰宅する前に別れを告げて自宅へ向かった。

