そもそも優れたシステムとは、リスク分散型であるはずです。どこかが使い物にならなくなっても、ほかで補えるようバックアップを万全にしておくもの。それなのに、原子力発電所に何かあった場合のサブ電源が、津波が来たら一緒にやられてしまう場所に置いてあったなど、本来あってはならないことです。

このようなシステムを構築してきた東京電力、それを推してきた政府。あらゆることを含め、現在の方法を今後も継続していくべきなのか、国民は改めて疑問を抱き始めています。

ただ、科学の理屈からいえば、この未曽有の危機は、実は国のシステムを変えるチャンスでもあります。

ピンチをチャンスに変えるために必要なことがあります。それは過去の自分を捨てる勇気です。「ピンチに強い人」とは、「目の前に起こっている変化に適応できる人」のこと。過去の自分の成功を否定することも厭わず、文脈を切り替えることができる人のことです。一方、「ピンチに弱い人」とは、「過去の延長線上にしか生きられない人」を指します。

ピンチとは「通常のルールが適応できない状況」のことです。今までのやり方では対処できない事態だからこそ、何かを創発しなくてはならないわけですが、そのような世界では必ずしも「過去こうだったから、これからもこうだろう」という甘い推量は役に立ちません。過去の延長線上に答えは見つからないのです。

本来、僕たちはみな、子どもの頃には「ピンチに強い脳」を持っていたはずです。経験の少ない子どもにとっては出合う局面すべてが初めてのことばかり。周囲の状況に対応するためなら使える手は何でも使い、自分自身もどんどん変化していっていたのです。

しかし残念ながら、成長とともにその潜在能力は錆ついていきます。積み重ねてきた経験知で巡航飛行できるようになり、大学卒業後に就職したら、「これでもうひと安心」と胡坐をかいて、そのまま変わらない人もいます。

保守的な生き方でも平時はいいのです。大きな失点さえなければ、つつがない人生も送れて万事OKかもしれません。でも、いざ「想定外」の事態が迫ったとき、そのようなフラットな人生しか経験していない人は対処に苦しみます。

脳科学者 茂木健一郎
1962年、東京都生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京工業大学大学院連携教授。『ピンチに勝てる脳』『脳と仮想』『セレンディピティの時代』など著書多数。
(構成=三浦愛美 撮影=奥谷 仁)
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