人身被害と個体数の多さは比例しない
環境省の「豊かな森の生活者 クマと共存するために」というパンフレットによると、クマは基本的には人を避ける動物だが、突発的に出会うと防御的な攻撃を招き、危険な場合があるという。
クマは、鼻、耳がよく、食べることに夢中になると周りが見えなくなる。学習能力が高く、人間の食べ物の味を覚えると執着する。足が速く、木登りがうまい。
広い行動圏を持ち、鋭い嗅覚を持っているため、カキ、クリなどの放棄果樹、残飯などの誘引物は遠く離れたところで生活しているクマを人里へ引き寄せてしまうという。
クマによる人身被害、農業被害の発生が必ずしもクマの個体数の多さに比例しないと環境省は見ている。
「生物多様性」は人間の都合で変わる
かつてニホンジカも明治時代の乱獲で捕獲が規制される「保護」の対象だったが、今では増えすぎて駆除の対象になった。
環境省パンフレットには「シカは植物を食べる日本の在来種で、全国に分布を拡大し個体数が増加、シカが増えることは良いことと思うかもしれないが」と断り書きをした上で、「全国で生態系や農林業に及ぼす被害は深刻な状況になっている」と徹底的に駆除することの理由を説明している。
「シカが増えることは良いとされてきたのに、今では徹底的に駆除する」のは、「生物多様性」が人間の安全や経済活動という都合によってさまざまに変わることを意味している。奥山での開発を推進するリニア工事が、クマという新たなリスクに直面し、その対応を迫られている点も、過去のシカの事例と軌を一にするかもしれない。すべては人間の都合である。
明治期以前、ニホンオオカミが動物界の食物連鎖の頂点にいたが、人間によって絶滅させられたあと、ニホンジカの天敵は人間以外いなくなった。
雑食性のクマは、ニホンジカの天敵にはならない。ニホンジカの死骸などを食べる程度で、襲うことはないという。
それに対して、クマが人間を襲うという不幸な事例ばかりが目立っている。
具体的なクマ対策のアクションプランを
JR東海は「ネイチャーポジティブ宣言」を行ったが、その実行は、大井川の地下400メートルという難工事、そしてクマという南アルプスの自然との困難な「共存」というミッションへの挑戦を意味する。
関連性を指摘するのは容易ではないが、JR東海がクマの生息地を開発していくことで、人間の生活圏に南アルプスのクマが出没し、リニアにケチが付く事態は何としても避けたいはずだ。
この挑戦を単なる宣言で終わらせないためにも、「ネイチャーポジティブ宣言」で掲げた理念に基づき、具体的なクマ対策のアクションプランを策定し、今こそ県とJR東海がタッグを組む時だろう。


