「阪神さんはどないするおつもりや?」

もともとすべての土地は「廃川と三角州、一帯の荒地」だ。そんな土地を410万円(現在の20億~30億円)という巨額で買収した阪神電鉄の経営判断は、市場から散々に疑問視されたようで、「阪神電鉄100年史」にも「狐か狸の巣しかない土地買うて、阪神さんはどないするおつもりや?」と陰口を叩かれていた、と記述されている。

阪神電鉄はなぜ、川や荒地から鉄道・スポーツなど多分野にわたる「100年続くシナジー効果」を生み出すことができたのか。まずは「甲子園球場」「甲子園の街」の秘密を解き明かしていこう。

数々の開発計画のなかで、1924年3月に着工、8月に完成という突貫工事で先んじて建設されたのが「甲子園大運動場」(現在の甲子園球場)だ。「東洋一の球場」とも呼ばれたグラウンドは、1934年に来日したニューヨーク・ヤンキースが1試合15点を獲ったにもかかわらず、主砲のベーブ・ルースを含めて誰もホームランを打てなかったというほどに広い。