6000万円の支度金を実の父は涙を流して喜んだ

老齢の宮内大臣と一介の出版社の娘、普通であれば出会うはずもないが、孝子が駿河台にある耳鼻咽喉科の金杉病院に行ったときに、たまたま入院していた田中が見染めたらしい。孝子の家の向かいに住んでいた「やまと新聞」社長の松下軍治がとりもって、支度金2万円(現在の6000万から2億円)にてお輿入れとなった。父は孝子を溺愛していたので、反対するかと思いきや「孝は孝行ものじゃ……」と涙を浮かべていたという。

また、孝子本人も親の勧めに疑問を持たなかった。後に「少し低能だったのかも知れませんわ」と語っている(『小林孝子懺悔秘話』)。

孝子は便宜上、土方ひじかた伯爵家の籍に入って伯爵令嬢として入籍という手筈となり、年の差もはばかって極秘裏に進めていたが、どこから漏れたかマスコミが嗅ぎつけ、一斉攻撃を始めた。