売春が合法のアムステルダムにある「娼婦博物館」では、どんな展示がされているのか。武蔵大学人文学部教授で、ミュージアム研究者の小森真樹さんは「娼婦博物館では、セックスワークの歴史、セックスワーカーの人権、安全を守る制度だけではなく、同時に観光産業を成り立たせるための仕組みを知ることができる」という――。

※本稿は、小森真樹『歴史修正ミュージアム』(太田出版)の一部を再編集したものです。

アムステルダム
写真=iStock.com/Dennis Ludlow
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マリファナの香りがするアムステルダム

冗談のような話だが、アムステルダムは駅に降りた途端にマリファナの匂いがする。行きがけのユーロスターの車内で適当に取った安ホテルは、赤線地帯(red light district)ど真ん中にあった。そのことにまったく気がつかず予約して、入り口で駄弁っているガラの悪そうなセキュリティにIDを求められ、見るからに場末感のあるバーが受付だと言われてギョッとする。

部屋に入ると、昭和のデカが張込みをするか、アメリカン・ニューシネマで殺人が起こりそうな趣きである。窓からは“ショーケース”に入って手招きするセックスワーカーたちが見える。土曜の夜、深夜になると赤線地帯は満員電車を思い出すような文字通り人の波で溢れ返っている。

アムステルダム市では娯楽として大麻の服用や販売が合法化されているのは有名な話だろう。これは1980年に始まった政策である。その後、市は2002年に売春も合法化した。ライトな薬物と売春を合法にして観光資源の目玉にする。「飾り窓地区(De Wallen)」と呼ばれる赤線地帯はその中心である。つまり公的な認可のもとで、両者はエンターテインメントとして提供されている。

アトラクションのように演出された街

この街のセックスツーリズムは、不特定多数の異性に対してプライベートな空間で性行為を提供するものだけではない。地域を歩くとそのことがよくわかる。街全体がアトラクションのように演出されているのだ。

物見遊山の観光客もかなり多そうで、男女のカップル、女性同士や夫婦、なかには小さな子供を連れた家族さえもいる。彼らは赤線地帯に異文化体験をしにくる。毎年250万人以上が訪れ、アムステルダム全体の観光客の8分の1を占めるというから相当な観光資源だ(※1)。なんの気無しに予約したホテルがセックスツーリストだらけだったのは、必然でもあったようだ。

胸部や下腹部など局部のみを隠した娼婦は、照明で赤く照らされドア付きのガラス張りケースに文字通り展示されている。不特定多数の欲望を誘う異文化体験の素材となるのは、観光客の常識ではあり得ない非日常である。この光景は、彼らが生きる文化圏の法や倫理の下では成立しないもので、彼らの規範すなわち“普通”から逸脱しているから興味を引く。

※1 オランダ・アート・インスティチュートにおける記事。Dutch Art Institute, Roaming Academy.