自民党の新総裁となった高市早苗氏の「働いて働いて働く」という馬車馬宣言が波紋を呼んでいる。ジャーナリストの池田和加さんは「自ら『捨てる』と言い切ったワーク・ライフバランスの高市さんの発言は悪気がなかったのは理解できるが、やはり迂闊だったと言わざるを得ない」という――。
自民党の新執行部が発足し、党本部での写真撮影を終えた高市早苗総裁(手前)と麻生太郎副総裁=2025年10月7日、東京・永田町
写真=共同通信社
自民党の新執行部が発足し、党本部での写真撮影を終えた高市早苗総裁(手前)と麻生太郎副総裁=2025年10月7日、東京・永田町

Karoshi大国・日本のトップの「馬車馬」発言に世界中が震撼

2025年10月、自民党初の女性総裁となった高市早苗氏は「私自身がワーク・ライフバランスという言葉を捨てます。働いて働いて働いて働いて働きます」と宣言した。

国民への献身的な姿勢を示す発言として頼もしく思える人が多くいた一方で、「Karoshi(過労死)」という言葉が世界的に知られる労働環境であるだけに内外で物議を醸している。少子高齢化危機に直面する日本が、持続可能な働き方をどう実現するのか。この問いは今、より切実になっているからだ。

高市氏の発言よりも、ずっと深刻な政治的潮流がある。

7月の参院選で自民党、公明党、参政党が「働きたい改革」を公約に掲げた。「働きたい人がもっと働けるように」というポジティブな言い回しになっているが、実態は労働時間規制の緩和だ。

これに対し、コンサルティング企業のワーク・ライフバランス(港区)、過労死の遺族会、労働専門家らが7月16日に緊急声明を発表した。「『働きたい改革』は実は『働かせたい改革』である」と。

※東京新聞デジタル「『働かせたい改革だ』労働時間の規制緩和をにおわせる公約に過労死遺族らが反対声明 3党に意図を尋ねたら

経済問題としての働き方改革

「『働きたい改革』という名前で公約に入っていますが、結局その裏には経営者側がもっと働かせたいという意図が見え隠れしています」

そう指摘するのは、省庁のアドバイザーも務める、ワーク・ライフバランスで働き方改革コンサルタントを担当する大西友美子氏だ。高市新総裁の発言はそうした潮流にお墨付きを与えかねないのだ。

かつての人口ボーナス期には、労働力人口が豊富で、大量生産・低価格路線が利益と直結していた。しかし現代は知的労働の割合が高く、付加価値型のサービスや知識で価値を生み出す時代だ。「長時間労働で疲弊している状態では、イノベーションは起きません」と大西さんは強調する。

働き方改革は個人の問題ではなく、経済の問題なのだ。

「すべての従業員が健康でい続けることは、企業としてもパフォーマンス高く働いてくれる人材を確保し続けることにつながります。慶應義塾大学の山本勲教授の分析によると(※1)、睡眠時間と利益率にはプラスの相関関係が見られます。さらに石田陽子氏によれば(※2)、日本の平均睡眠時間が増えると、一人当たりGDPも世界でトップレベルに伸びると試算されています。これは個人の健康の話だけではなく、日本の経済発展の話なんです」(大西さん)

※1:NIKKEI睡眠カンファレンス2022
※2:著書『Dr.Yokoの睡眠マネジメント 眠るほど、ぐんぐん仕事がうまくいく』(文芸社)

後述するように、日本人の睡眠時間は世界の中でも最低レベルであり、経済にも悪影響を与えていることは自明のことだ。