鈴木邦雄(日本盲人マラソン協会常務理事)
障害者スポーツにも、世界陸上があれば、市民マラソンもある。視覚障害者ランナーの「目」となるのが伴走者。「クニさん」こと鈴木邦雄さんは、そのランナーたちから敬意を込めて「伴走の神様」と呼ばれる。
伴走の神様と呼ばれるそうですね、とあいさつすれば、67歳のクニさんは二重マブタの目元を緩めた。
「ありがたいですが、お賽銭もらってないから神さまじゃないですよ」
名刺には点字とQRコードが付いている。声がかかれば、全国各地に飛んで行く。伴走教室の講師も務める。伴走は、正真正銘のボランティアという。報酬はゼロ。交通費も宿泊費も自腹である。見返りは?
「相手の方が走れた感動です。相手の方が喜んでくれるのが、僕の喜びなんです」
伴走者は、ランナーと短いロープでつながれている。「絆」である。基本が二人三脚。主役はもちろん、ランナー。伴走の極意を聞けば、穏やかな口調で答えてくれた。
「気配りでしょ。基本が信頼関係。思いやり、気遣いがあれば、伴走はすぐ、うまくなります」
とにかく、レースを楽しむことが一番である。苦しくても、いずれ楽しくなる。達成感、充実感は格別なのだ。
決してランナーに無理はさせない。伴走者はコーチとは違うのだ。相手が疲れたと感じれば、スピードをゆるりと落とす。途中で「やめたい」と漏らせば、笑顔で「やめましょう」と同意する。間違っても、「ガンバレ」なんて声は掛けない。
フルマラソンの折り返し地点にいったら、クニさんはこう、言うそうだ。
「楽しみが、半分になっちゃった。残念です。楽しみは残り半分ですよ」
1945年10月生まれ。小学生の頃から、家業の手伝いで新聞配達をしていたから、体力には自信があった。1984年、マラソンと伴走をほぼ同時に始める。だから視覚障害ランナーを支える伴走歴はもう30年となる。
電気会社を退職し、ひたすらランニングに打ち込む。全盲女性ランナーの伴走者として、立山連峰を駆け上がる「立山登山マラニック」(8月24日)の「ウォークの部」にも挑戦する。途中棄権は覚悟の上。チャレンジする喜びの共有が大事なのだ。
167センチ、58キロ。小柄なクニさんのやさしい声が夏山に流れる。「はい、岩場です。右、30センチ上、左、30センチ上です」。きっと、笑顔で。