10代将軍・家治の乳母として大奥のトップに

筆頭老女となった松島には、その権勢を象徴するような話も伝わっています。それを載せるのが江戸時代後期の随筆『甲子夜話』です。同書の著者は肥前国平戸藩第9代藩主の松浦清(号・静山)。では『甲子夜話』には松島のどのような姿が描かれているのでしょうか。

「大年寄」松島は権威を大奥に振るい、とがめる者もなかった頃のこと。松島は「素人狂言」する者らを女乗り物に乗せて、大奥に招き入れ劇場の真似をさせて楽しむことをしておりました。

楊洲周延画「千代田之大奥『御能楽屋』」明治28年
出典=楊洲周延画「千代田之大奥『御能楽屋』」明治28年、国立国会図書館デジタルコレクション

ある日のこと、狂言する者らはいつものように「松島の親類」と称して、江戸城の御広敷御門を乗り物20挺で通行しようとします(もちろん、その中には松島の親類など1人もいません)。いつもならばそれで無事に通行できたのですが、その日はそうはいきませんでした。門衛の長官が依田豊前守政次という剛直な人物だったからです。政次は番の頭を呼び「松島の親類書」を持って来るように命じます。