「農家には未来がある」という読み

よく名を知られた一般企業に就職する同級生も多いなか、常識を懐疑的に捉えていた宇城さんは、1996年、急成長を遂げていて「既存のラインに乗っていない」と感じた新興のノンバンクに就職する。ノンバンクとは、端的に言えば貸金業に特化した金融機関だ。

主に中小企業にお金を貸していたその会社で7年間、経営者たちの悲喜こもごもを目の当たりにした。その経験は、現在の「超悲観的に事業計画を立てて、想定の最悪値が出たとしても営業を継続できるように考える」という経営方針の源になっている。

29歳の時、証券会社に転職。今度は個人向けの営業に就いたものの、すぐに「この仕事はまったく向いていない」と気づいた。ほとんどの顧客は商品の説明を聞き流し、「それは儲かるの? 儲かるなら買うよ」というスタンスで、意思決定を丸投げされ、責任を押し付けられているように感じたそうだ。それは、「人の言うことを信用しない」宇城さんにとって、理解できないことだった。