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「豊臣兄弟!」では描けない「安土城は信長の小姓ハーレムだった」説…森蘭丸より近くに住まわせた武将の名前
天正6年(1578)、安土城で開催された相撲大会の想像図(両国国技館壁画)(写真=Yukikaze1234/CC-BY-SA-4.0/
Wikimedia Commons
)
安土城の天主台には礎石のみが残る。城入口から徒歩10分ほどの「安土城天主 信長の館」には原寸大の天主5・6階が復元展示されている(図表1の安土文芸の郷公園内)
天主台からの眺望。かつては眼下の水田地帯まで琵琶湖が広がっていた
安土城縄張図(現地案内板より)
安土城の大手道
伝・羽柴秀吉邸の石垣
伝・武井夕庵邸の脇あたりの登城路
織田信忠邸。急坂カーブは左手
黒金門へ続く尾根道
黒金門。単に折れているだけでなく、向かって横の長辺が長く死角が多い。攻め手にとって実に小憎らしい構造
黒金門の先に現れる高石垣。落差10m近くありそうだ
伝・二ノ丸入口より。右奥に隠れた黒金門からの導線は、見事にUターンしている。櫓台跡の脇には門の礎石が残る
二本の石柱
安土城縄張図の黒金門付近(現地案内板より)
石柱からものの数歩でヤブと急傾斜に阻まれる
安土城絵図(大阪城博物館)、1855年(写真=岩崎鴎雨/PD-Japan/
Wikimedia Commons
)
長谷川秀一の肖像画『福井の肖像画』(福井市立郷土歴史博物館)より(写真=CC-PD-Mark/
Wikimedia Commons
)
黒金門を抜けてから右方向
黒金門を抜けてから左方向。徐々に幅が狭まる石段が伝・長谷川秀一邸の入口
伝・長谷川秀一邸の玄関より全景
信雄四代の供養塔が並ぶ、奥の一段上がった平坦地
伝・長谷川秀一邸東に見える高石垣
伝・長谷川秀一邸から伝・森蘭丸邸方向
堀秀政の肖像画(長慶寺所蔵)、『雑賀衆と織田信長』(和歌山市立博物館)より(写真=CC-PD-Mark/
Wikimedia Commons
)
伝・本丸の東に立ちはだかる伝・三ノ丸の石垣。伝・三ノ丸のさらに向こうが伝・堀久太郎邸
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