主役不在に怒る名古屋の相撲ファン

「カネ返せ、バカヤロー!」

2018年7月14日土曜日。私は居酒屋のテレビで大相撲名古屋場所を観ていた。そのとき、横でホッピーをあおっていた70代男性が声を荒らげたのである。曰く、もうチケットを購入済みで、数日後名古屋まで観にいく予定だそうだ。

名古屋場所の千秋楽で豊山(左)にかけ投げで敗れる御嶽海。(時事通信フォト=写真)

看板不在。その時点で、すでに三横綱(稀勢の里、白鵬、鶴竜)が休場していた。三横綱全員が姿を見せないのは1999年春場所以来19年ぶり(貴乃花、若乃花、曙)で、戦後では3度しかない緊急事態となってしまった。

そんなタイミングで、さらにテレビ画面に「休場」のテロップが流れた。先場所好成績で大関に昇進した栃ノ心である。それを見て、隣の御仁が激高したのだった。

横綱不在でも栃ノ心が優勝すれば面白い(横綱との対戦ナシでも横綱昇進か?)。そう思っていた私も、さすがに眉を寄せてビールを舐めた。まさに気分は「カネ返せ」だ。テレビ桟敷が「カネ返せ」とは妙な話だが、日本中の大相撲ファンの気持ちの代弁でもあるのだろう。

安くない木戸銭を払い、主役不在の土俵を見せられることになった名古屋のファン。しかも興行の目玉である横綱土俵入りは、鶴竜が休場した6日目以降はナシ。これは淋しい。横綱が踏む四股に合わせて「よいしょ!」と声をかけることも叶わない。「お客さんには申しわけない」と八角理事長が頭を下げたように、なんともいえない場所となってしまった。

しかし、である。そんな場所ではあるが、相撲は面白かった。

目を見張るような攻防が多く、ただでさえ暑い名古屋の土俵がさらに熱く感じられたのだった。

大相撲の生き字引である月刊相撲ジャーナルの長山聡編集長も「この名古屋は出色の場所だ」と語気を強めた。

「最後まで諦めない、引き締まった相撲が多かった。昔ながらの相撲通は、横綱不在でも満足しているはずです」

支度部屋も熱気に包まれていた。現場の相撲記者たちも同様の感慨を抱いていたという。