ドイツはこれまで大量の難民を寛大に受け入れてきた。国際的な評価は高いものの、巨額の費用負担や犯罪の増加に悩まされており、ドイツ国内ではメルケル首相の難民政策を批判する声が高まりつつある。だが、そうした声は「差別主義」「ナチ」などと呼ばれて黙殺されてしまう。異論を認めないという「民主主義」とは何なのか――。

※本稿は川口マーン惠美『そしてドイツは理想を見失った』(角川新書)の一部を再編集したものです。

かつてのEU(欧州連合)は、希望に満ちたプロジェクトだった。「ヨーロッパは一つ」という言葉には、ヨーロッパ人の夢が凝縮されている。民主主義の実現。自由で、平等で、平和で、豊かな世界の建設。少なくともドイツ人は、そういう理想の世界を本気で夢見ていたと思われる。

『そしてドイツは理想を見失った』(川口マーン惠美著・KADOKAWA刊)

しかしいま、そうした夢の賞味期限が段々と切れはじめた。EUの指導者の誤算は、EUという壁のなかに理想郷をつくろうとすれば、壁の外側の人々の目にそれがどう映るかが、わかっていなかったことだ。絶望を胸に抱えた難民が、「あの壁さえ越えれば」と命をかけて殺到してきたのは、当然だった。

その途端、EUの夢はあまりにもあっさりと崩れた。いまはどの国も「EUのため」「民主主義のため」といいながら、実は自国を「外敵」から守ることばかり考えている。

メルケルの終焉が見えた瞬間

戦後のドイツでは、中道保守であるCDU(キリスト教民主同盟)と、ドイツで一番長い伝統を誇る中道左派のSPD(ドイツ社民党)が、二大国民政党として交互に政権を担いつつ、ドイツを強い国に成長させてきた。

しかし、そのドイツが、2017年9月24日の総選挙以来、にわかに変調を来しはじめた。当時もいまも、ドイツ経済は絶好調だ。経済の調子がいいときに与党が選挙で敗北する確率は高くない。事実、選挙前はメルケル率いるCDUは安泰との報道が多数だったが、蓋(ふた)を開けてみれば同党は党が始まって以来、初めてともいえる大敗北を喫し、一方のSPDは、CDUよりさらにひどい落ち込みようだった。その後、ドイツ政治は大混乱に陥り、5カ月も政治が空転した挙げ句、ようやく2018年3月12日になって、CDUとSPDの大連立政権の発足が緒に就いた。