テレビのスポーツ番組やニュース番組、情報番組などで爽やかな笑顔を見せる為末大氏。彼の発する言葉には、立場を超えて誰をも深く納得させる魅力がある。なぜなのか。身近に接する経営者、学者、教育者たちの意見を聞いた。

ノーベル賞とオリンピックの共通点とは?

世界陸上の400メートルハードル競技で銅メダルを2回獲得し、引退後はテレビ出演を含め多彩な活躍をする為末大。彼の言葉には、時折はっとさせられることがある。たとえば、コメンテーターを務めるフジテレビの情報番組「とくダネ!」でのこんな発言だ。

その日、2014年のノーベル物理学賞に選ばれた赤崎勇名城大学終身教授(名古屋大学特別教授)や天野浩名大教授をはじめ、最近の日本人受賞者には名大関係者が増えているというニュース(今世紀に入ってからの受賞者11人中6人が名大関係者)を受けて、司会の小倉智昭が何気なく「為末さん、スポーツにノーベル賞はないけど?」と話題を振った。

すると為末は、いつものようににこやかに「似ているところはあるんですよ。インターハイで好成績を目指す高校と、オリンピック選手を輩出する高校は比較的分かれているんです。いますぐの勝利を目指すか、将来伸びる選手を育てるかの違いでしょう」と答えた。出演者一同はこれに「ほーっ」と感嘆の声を上げるばかり。

為末 大(ためすえ・だい) 元陸上選手  1978年、広島県生まれ。世界陸上2001年エドモントン大会、05年ヘルシンキ大会の400mハードルで銅メダルを獲得。12年に現役引退。一般社団法人アスリートソサエティ代表理事。法政大学経済学部卒。

なぜ、こうした発言ができるのか。それを培ったのは、選手時代からの多様な経験だ。

まず、現役時代にコーチ不在の中で独自の練習方法を試行錯誤したこと。為末は「練習と練習の間の休憩時間に考えて、物事を空想し続けた。視点を変えたことも多い。たとえば現役時代の終盤は、アキレス腱が痛くてジャンプを伴う練習が辛くなった。そこで『この練習の本質は何か』をとことん考え、アキレス腱に負担をかけずに同じ効果を出せる練習にスイッチした」と明かす。

次に花形種目でなかったゆえの情報発信の工夫。「自分の種目が世間に注目されないと地位も上がらない悩みを抱えていました。『陸上を盛り上げよう』という活動も、半分は公的な志で、残り半分は理解されたい気持ちが強かったので、伝え方を考え続けた」。

そして多彩な人との出会い。「アスリートだけでなく、経営者や教育者、メディア関係者など幅広い分野の人と対話することができた。その経験で思考の幅が広くなり、勘が鋭くなったのかもしれませんね」と振り返る。