スポーツの世界だとこうですが、それで合ってますか?
為末と親しい陸運大手セイノーホールディングス社長の田口義隆によれば、「周囲への配慮が素晴らしく、投げた言葉や話をきちんと受けてくれる。そのうえで相手の分野やレベルに応じて返すので、経済でもスポーツの話でもすべて響きがある」。
市民アスリートとしても知られる田口が、為末と初めて会ったのは5年ほど前。経営者仲間で走り方の教えを受けた品川区内の小学校のグラウンドだ。そのときの感想は「物事を突き詰める人で、まるで修行僧のよう。集中力を持ち、仮説・検証もきちんとしていた」と褒めたたえる。
東京大学教授で産学連携本部イノベーション推進部長の各務茂夫も、為末について「相手の立場を理解したうえで言葉を受けとめ、それを自分自身の言葉に置き換えて、わかりやすい内容で返す」と指摘する。
戦略コンサルタント出身で自らも起業経験を持つ各務は、アジアの起業家が一堂に会した「アジア・アントレプレナーシップ・アワード」の主催者で、13年には為末と森川亮LINE社長との座談会で出演者兼進行役を務めた。
その際に「最近の大学では博士号を取得しても3年任期の研究員にしか就けず、年齢を重ねるとそれすらもかなわない『ポスドク問題』(ポストドクターの処遇問題)が増えている」と話したところ、為末はこう応じた。
「それは競技スポーツの世界でも同じです。その道だけを追求したが第一人者になれずに就業環境も狭まり、現役引退後の仕事に困る人も多い。そこでセカンドキャリアも含めた『アスリートソサエティ』の活動を続けています」
各務は「常に自分が当事者意識を持ち、困難を乗り越え物事を切り拓くのは起業家に共通する特質。為末さんは世の中を変えていく起業家能力が高い人」と評価する。
ただし為末自身は、「ビジネスの世界は全然わからない」と前置きしてこう語る。「だから、聞いた話を咀嚼して似た文脈で話そうとしている。相手の方に『それは、スポーツの世界だとこんな出来事ですけど、それで合っていますか』と確認することも多いですね」。