無邪気で好奇心旺盛な「小学5年生」
スピーチコンサルタントの西任暁子によれば「相手の話を要約したり、『つまりこういうことですか』と話を置き換えて返したりするのは、内容を深く理解している証拠」。為末の理解力の高さがうかがえるエピソードだ。
しかし、理解力が高いだけでは大方の共感を得ることはできない。為末の特質を理解するもう一つのカギは「無邪気さ」だ。品川女子学院校長の漆紫穂子が、にこにこしながらこう話す。
「為末さんは、いい意味で小学5年生の子供のよう。これを聞いたら恥ずかしいかも、といった逡巡がなく、誰に対しても素直に質問します」
前述の田口と為末を引き合わせたのがこの人で、鍛錬を重ねて12年の「トライアスロン年齢別日本代表」にも選ばれた。初めて会ったときから為末に「気さくで人の気をそらさないし、話をして楽しい人」と好印象を持ち、その後は、一緒に生け花を学ぶなど様々な交流を続けてきた。
直接本人に「なぜ子供みたいに深い質問ができるの?」と尋ねたこともある。子供のように無邪気な問いを重ねつつ、物事の本質に迫っていくのが為末の本領だと感じていたからだ。このときの答えは「早くから陸上に打ち込んできたから、知らないことを恥ずかしいとは思わない」。今回の取材でも「僕は好奇心旺盛で、相手が返答をくれたあとも聞き続けることがある。とことん納得したい思いが強い」と語っている。
「まるで修行僧」という田口の評とも重なるが、「陸上に打ち込んできた」為末は、その道では他の追随を許さない第一人者。その自覚と圧倒的な自信が、彼の気さくさ、無邪気さにつながっているように思われる。
無邪気に聞き続けて学び、増やした引き出しの中から相手や場に合わせて言葉を話す。現役時代とは印象が違う“ソフトな求道者”の姿がそこにはあった。(文中敬称略)
(ミヤジシンゴ=撮影)