人はあなたを外見で判断する

とはいえ、人間を服装で判断してはいけない、中身で判断すべきだ、とよく言われる。たしかに道徳観としてはまことにそのとおりなのだが、この言葉に惑わされてはいけない。実際には人びとはあなたを外見をもとに判断するのだ。あなたの外見こそが、あなたの評価の第一の基礎となっているのである。

ある日私は、スーパーマーケットで、種子なしブドウを1ポンド15セントで売っているのを見つけた。ところが他の棚では、それと同じようなブドウが、ポリエチレンの袋に入れられて2ポンド35セントで売られていた。私は係の若い店員に「あちらの1ポンド15セントのものと、この2ポンド35セントのブドウはどう違うのですか?」と聞いてみた。すると「袋が違うだけですよ。同じものを2倍入れただけですが、ポリエチレンの袋に入れるとよく見えますからね」と言うのだった。

自分を売りこむ機会があったら、このブドウのことを思い出すことだ。適切に“包装すれば”、自分自身をより高く売りつけることができるのだ。

明日からは、レストランやバスの中で、ホテルのロビーやお店で、職場などで、人から尊敬を受け、愛想よくされる人を観察してみることだ。彼らの外観が決定的なことを語っているからていねいに扱われるのだ。

きちんとした服装は、

「ここに知的で、成功者で、頼りになる重要な人間がいます。この人は多くの人から賞賛され、信頼されています。彼は自分でも、そして人からも尊敬されています」

と語りかけているのである。

みずぼらしい外観が伝えるメッセージ

これに対して、落ちぶれて、みすぼらしい外観は次のような消極的なことしか語っていない。

「ここに何をやってもうまくいかない人間がいます。この人は注意力が散漫で、能率が悪く、何ら重要な人物ではありません。普通の人間ですから、特に考慮する必要はありません」

写真=iStock.com/Liudmila Chernetska
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繰り返すが、あなたの外見は、あなたに話しかけると同時に、周りの人にも話しかけているのだ。だから常に「ここに高い自尊心を持った人間がいます。この人は重要な人間です。だからそのように扱ってください」と自分自身に話しかけることである。

外見が、自分は劣った人間だと考えさせるようなものだと、あなたはそのとおり劣った人間なのである。そうならないためにも、あなたにとって最善だと思われる外見を保ちなさい。そうすれば、あなたは最善なことを考え、そのように行動するようになるだろう。まさしく、あなたは自分がそうだと考えるとおりの人間なのである。