現地の鯖サンドの秘密
昼、大きめの町の食堂に入り、客たちが食べているトマトの煮込み料理を指して注文した。テーブルには半透明のプラスチック容器があり、一口大にカットされたパンがぎゅうぎゅう詰めに入っている。もしかして、とまわりを見ると、客たちは自由にパンをとって食べているのだ。やっぱりそうだ。パンはサービス、つまり食べ放題なのだ。
ぬは、ぬはははは。「パラダイスや……」一人興奮し、料理が運ばれてくると、煮込み料理の汁にパンをつけながら延々と食べ続け、なくなるとお代わりをもらった。
3日後、ヨーロッパの終点イスタンブールに着いた。目の前のボスポラス海峡を渡ると、アジアだ。ここでしばらく休養することにした。迷路のような下町をぶらついたり、街の人とだべったり、惰眠を貪ったりと、2週間ほどのんびりしたあと、町を出る前に一応やっておこうか、と観光もしてまわった。
ガラタ橋に行くと、船着き場に人だかりができ、みんなパンにかぶりついていた。係留された船から煙が上がり、甲板の上で魚の切り身が焼かれている。あぁ、これが有名な鯖サンドか。日本円で1個約130円。手渡されたパンを開けると、鯖の半身がでんとのっているだけだ。なんて武骨な。トッピングのトマトや玉ねぎを自分でのせ、かぶりつく。香ばしいパンがコクのある鯖を布団のように包み込んでいる。
パンがうまいからトルコがいい国になる
あれ? 想像と違うな。味のバランスがいい。なるほど、パンのうま味が濃いから鯖と調和するんだ。頭上のガラタ橋を見上げた。欄干から夥しい数の釣り竿が飛び出している。そっちに向かって階段を上っていく。橋の上に出ると、小鯵が次々に上がってキラキラ舞っていた。
欄干から飛び出した無数の釣竿が逆光に浮かび、櫛の歯のようなシルエットになっている。その竿の並びの向こうに、イスタンブールの旧市街が広がっていた。丘の上から海まで白い家がびっしりと斜面を覆っている。小山のような巨大なモスク(イスラム教の礼拝堂)からは、鉛筆に似た細長い塔が何本もシュッ、シュッ、と空を切るように立っていた。
太陽が西に傾き、丘を埋め尽くす白い家たちがオレンジ色に輝き始めた。一人のおじさんが鯖サンドを二つ持って橋の上にやってきて、釣りをしているおじさんに一つ渡し、並んで食べ始めた。海の香りにパンの芳香が混じる。カモメのキュウキュウという声が聞こえる。
やっぱりパンの力は大きいな、としみじみ感じていた。パンがうまいという、ただそれだけのことでこんなに朗らかな気持ちになるのだから。
考えてみると、同じ主食でもご飯や麺だとこうはいかない気がする。焼きたての甘い香りと白い湯気、食事ごとに口にするそのパンを思うたびに平和な空気に包まれる。トルコの印象が特別いいのは、このパンに負うところも大きいように思えてならないのだ。